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第28話「ザック~CRIMINAL~」

 大きさが様々なコンピューターを何台も繋ぎ合わせた物が、壁一面を覆っている一室で、 ザック・レインは楽しそうにキーボードを打っていた。    もうそろそろ夏本番を迎える時期になり、冷房を入れてはいるが、部屋は熱気に包まれている。  一昨日捉える事が出来た、トロイという男の所属する組織を、ザックはハッキング技術を駆使して探っていた。  当初、トロイのスマートフォンに手製のスニファー的なものを忍ばせ、彼のアジトの情報を吸い出す作戦だったが、それは早々に破壊されてしまったらしく、失敗に終わった。  スマートフォンは使い捨て用に売られている機種で、トロイが唯一掛けた番号も直ぐに不通となっていた。  それでもザックは諦めずに、アイコン表示のないアプリケーションの存在に気付いて、それをクラッキングして取り出した。  それを解析すると、ある場所へSOSを発信するものだという事が分かり、ザックは発信先を辿った。  それは昨日の事で、発信先に辿り着いた迄は良かったが、厳重なセキュリティの壁を突破できないまま、朝を迎えてしまった。 ――やるね、トロイの彼女。…女の凄腕ハッカーとか、なんか燃える…!  疲労を感じている筈なのに、ザックは高揚感で作業を止められなくなっていた。それを見兼ねて、女性の声が彼を心配する。 「何か、お手伝いしましょうか?」  声は今年発売されたばかりの、新型ゲーム機から発せられていた。その画面はゲーム機本来のものではなくなっており、PCの画面が表示されていた。そこに巣食うように存在しているのは、ダイアナという名の人工知能だった。 「一人でやりたいんだ。…俺が楽しんでいるの分かる?」 「分かります。それでは、私は引き続き、T-S004を捜索します。」  ダイアナは素直に引き下がってくれた。  自己を満たす為だけに、ザックは突き進んでいく――。  ザック・レインはメリーランド州の田舎町で、恵まれない環境の中で育った。  父親は大学生の時までは、有能なアスリートだったらしいが、体を壊し、鎮痛剤の依存症になってからはジャンキーへと一気に堕落し、ドラッグの売人である母親と出会うと、一気に社会の屑になり果てた。  そんな彼らの間に生まれたザックは、物心ついた頃から愛情ではなく、暴力が与えられた。  それに気付いた父方の祖父が手を差し伸べてくれると、ザックは生まれて初めて虐げられない日常を知った。  祖父は小さな電気屋を営んでおり、製品を売るよりも修理等を細々として生活している人物だった。  まだ七歳だったザックは、彼を手伝う為に、電化製品の構造や配線等を独学で覚えた。  祖父に褒められる。それだけでザックは幸せを感じられた。  しかし、その幸せは、ザックが十歳の時に祖父が他界してしまい、呆気なく終わってしまった。  祖父の店の全ては、ザックの両親のドラッグ代に消え、彼は虐待する事しか知らない二人の下に連れ戻された。  殴られる理由はいつも不明だったが、一度、昏睡状態に陥るほど酷く、両親から暴力を受けた事があった。  近所の人がレスキューを呼び、病院に運び込まれると、ソーシャルワーカーに即座に連絡された。  両親は逮捕され、それからは、とある養護施設が彼の住まいとなった。  養護施設といっても、そこは普通の家庭で、子供のいない四十代の夫婦がボランティアをしている所だった。  彼らはとても優しく、父親代わりのマットはザックと一緒にビデオゲームをしたり、PCの使い方を教えてくれた。  呑み込みの早いザックは、幼いながらも直ぐにマットを超える技術を身に着けた。しかし、ゲームでわざと負ける気遣いは忘れなかった。  養護施設にはザック以外、三人の子供がいた。十四歳のスコットと八歳のケイトリンは兄妹で、アルコール依存症の父親を母親が銃殺し、身寄りがなくなった為、ここに預けられているという。そして十二歳のエイミーは父親からの虐待から逃れて此処へ来たと言った。 「俺も同じだよ…。」  傷ついて暗い表情のエイミーにザックがそう言うと、彼女は首を横に振った。 「あなたが受けた暴力とは違う。」  ザックはエイミーが血の繋がった父親から、性的な暴力を受けていた事を知り、衝撃を受けた。何処か東洋系の血が混じっているような彼女の体は未発育で、とても性的対象になるようには見えなかった。  時折思い出したようにして(すす)り泣く彼女を、十歳のザックは一緒に泣いて抱き締める事しか出来なかった。  ザックが十三歳になった頃、保護者のマットがフィッシング詐欺に合う事件が起きた。クレジットカードやキャッシュカードの情報を奪われ、総額五万ドルの被害を彼は(こうむ)った。  泣き寝入りを余儀なくされたマットが落ち込んでいる姿を見て、ザックは予てから興味を持ち、独学のみで得たハッキング技術を使ってみる事にした。  フィッシング詐欺グループにフィッシング詐欺を仕掛け、数時間で架空の口座に五万ドルを送金させた。それをマットの口座に移すと、ザックは意気揚々とマットに金を取り返した事を告げた。実際のところ、マットから金を奪った詐欺相手かまでは不明だったのだが、正当さをアピールする為に取り返した事にしたのだった。  それを知らされたマットは複雑な表情で、ザックがした事を受け止めた。そして、犯罪だと改めて教え、今後一切してはいけないと念を押してきた。  身を案じられたのだと理解したものの、ザックは褒めて貰えなかった事に不満を覚えた。  そんなザックをエイミーだけは称賛し、彼は彼女にだけ癒しを求めるようになった。  エイミーは十五歳になり、相変わらず線は細いが、それなりに女性らしい体付きになっていた。彼女にキスをして腰に手を回すと、彼女の方がザックを激しく求めてきた。  それがザックの初体験となった。  マットにフィッシング行為を咎められたザックだったが、彼は止める事はせず、より多くの個人情報を集めるようになった。  情報は金にもなるし武器にもなる。そう気付いたからだった。  情報を掌握する事で全てを操作し、牛耳る事を目的に、ザックは十五歳の時、家で同然に単身ニューヨークへ旅立った。  今尚、蔓延(はびこ)るマフィアの残党達や、ドラッグで生計を立てるギャングから、彼は街を奪い取る計画をした。  手始めに、予てからSNSやオンラインゲーム等を通して知り合った、ハッキング知識の高い仲間を収集した。それから、ギャング候補の不良少年達に接触しては、彼らを懐柔し、腕っ節の強い人材も揃えた。  そうして半年後には、ザックは三十余名に囲まれる集団のボスになっていた。  やがて頭角を現したザックは、ギャングに命を狙われるようになった。彼らがドラッグを取引する現場を動画サイトにアップロードしたのが、直接的な原因だった。動画に映った数名の逮捕劇の後、ギャングはザックに対して刺客を送って来た。  ザックはその刺客、レイヴンに出会うと、本気の恋に落ちてしまった――

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