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第29話「レイヴン~TWINK~」
ダウンタウンから少し外れた区域で、密やかに営まれている売春宿に、ザック・レインは一人で立ち寄った。
今は昼間の所為か、真夜中ほどの怪しさはない。
そこの事務所的な一室で、ザックは支配人を務める白人の中年男と二人きりになると、彼にケースに入った一枚のCDを渡した。男は受け取ると、PCでその中身を確かめると笑みを浮かべた。
「この情報に間違いはないようだな。…送金するから、確認してくれ。」
ザックはネット銀行の口座をスマートフォンで確認した。
「入金、確認した。それじゃあ、また何か知りたい情報があったら依頼してくれよな。」
「ちょっと遊んでいかないか?」
立ち去ろうとしたザックを支配人の男が呼び止めた。
「真っ昼間から?」
「時間なんか気にするなよ。只だぞ。…好みはあるか?」
「そりゃあ、あるけど…。じゃあ、東洋系を試したいけど、いないなら黒髪 が最低条件かな。」
「了解。」
支配人はセミダブルベッドがひとつしかないような、小さなシャワールーム付きの部屋にザックを案内すると、そこで待つように言った。
――確かに最近ご無沙汰だったな…。
ベッドに座って娼婦を待っていると、ザックは徐々にその気になっていった。
暫くして、ノックと共に扉が開いて、Tシャツにジーンズ姿という出で立ちの、一人の少年が入って来た。ザックは首を傾げて彼を見る。
「え?君、何?」
東洋系の艶やかな黒髪で美しい造形をしているが、明らかにTシャツの胸は薄く、ザックはあからさまに困惑する。
彼の容姿はザックの要望を満たしているのだが、性別が男なのは受け入れ難かった。
「ここって、女だけじゃないの?」
「男も数人いるよ。…俺じゃ、ダメ?」
「俺はストレートなんだ。男は無理だよ。支配人に、そう伝えてくれる?」
ザックに拒まれた少年は、彼の腕に縋り付いてきた。
「あなたに断られたら、俺はぶよぶよした変態ジジイの相手をしなきゃならない。」
「そういう商売なんだろ?」
「そうだけど…、出来るなら客は選びたい。」
切実な顔の少年に、ザックは溜息を吐く。
「分かった。三十分、話し相手になってやるよ。」
少年は微笑みを見せ、小さく礼を言うと、ザックの横に腰を下ろした。
「客を取るの、今日が初めてなんだ…。」
それを聞いて、ザックは只で宛がってきた支配人の思惑を理解する。
――使い物になるか、俺で試そうって事だったのか。
「支配人には適当に言っておくよ。」
「本当にしないの?…客を取るのは初めてだって言ったけど、気持ち良くなる方法は、ちゃんと知ってるよ。」
少年に太腿を触られ、ザックはその手を軽く払う。
「おまえ、よく見ると不思議な色してるな?」
ザックは話を逸らした。少年の肩に掛かるくらいの髪と、その瞳の色は、よく見ると薄っすらと青みを帯びている。
「東洋人の見分けが付かないんだが、何処の血を引いてるんだ?」
少年は艶やかな黒い睫毛を伏せ、俯いた。
「知らないんだ。…俺に身内はいないから。」
ザックは少年に対して同情心が生まれた。
「行く当てがないのか?」
「あるなら、こんな所にいないよ。」
ザックは少年が住む場所を提供して貰う為だけに此処にいる事を聞くと、彼は特に深い考えも無しに、彼を自分の住まいへ誘った。
「仕事はして貰うよ。」
「するよ。何でもする!」
「名前と年齢は?」
「レイヴン…、二十歳。」
本名ではなさそうだったが、ザックは深く詮索する事をしなかった。
それが、ギャングに送り込まれた刺客と、標的であるザックとの出会いだった。
廃工場を買い取って、少年達だけでビジネスを始めたザックは、二十一歳にしてCEOの肩書を得ていた。
廃工場を改造してナイトクラブを経営する傍ら、裏ではハッキング技術で個人情報を収集し、情報屋としても活動していた。
その二階にあるザックの私室に、アイルランド系の赤毛の男、クライブが乱暴なノックと共に入って来た。
彼は不良少年達を取り纏めているリーダー格で、用心棒的存在でもあった。
「あんなガキ、拾ってきて大丈夫なのか?」
クライブの問いに、ベッドに横たわり、スマートフォンを弄っていたザックは、手を止めて体を起こした。
「レイヴンの事?」
「レイヴンだって?…というよりフォックスだろ?…男相手に商売してたんならさ。」
「商売は未遂だよ。あいつは居場所を与えてやれば、まともに生活できる素質は十分にある。ピートとジムの時もそうだっただろう?」
ザックは過去にも行く当てのない少年を連れ帰って来た事があった。彼らは今、仲間の一員として、十分な働きを見せてくれている。
「お人好しだな。…でも、あいつはピートやジムとは毛色が違う。下はあいつの事、普通に仲間とは見てくれなさそうだぜ。」
「どういう事だよ?」
クライブの小意地が悪そうな表情に、ザックは眉を顰める。
「あんな顔したトゥインクちゃんだろ?みんな犯 りたがってる。」
先程から発せられるゲイスラングに、ザックは嫌悪を示した。
「ここがゲイの巣窟だとは知らなかったよ。おまえもなのか?」
「みんな興味があるだけだよ。…女に飽きてるのかも知れねぇな。」
否定をしない相手に、ザックは凄みを見せた。
「あいつには手を出すな!」
「だったら、あんたのモノだって公表した方がいい。ボスのモノには手を出さないってルールがあっただろう。」
その日以来、ザックはレイヴンと寝起きを共にするようになった。
仲間にレイヴンとの関係を公表した手前、そうしているだけで、性行為には及ぶ事はしなかったが、少しずつ、ザックの気持ちに変化が起こって来ていた。
夜、同じベッドに入ると、毎回変な緊張感が訪れる。
「どうかした?」
微妙な感情をレイヴンに悟られてしまい、ザックは焦らされる。
「い、いや、別に…。…最近、溜まってるみたいで、ちょっと変なんだよ。…おまえって、女の経験はあるのか?」
「ないよ。…俺はゲイだし。ザックが嫌じゃなかったら、俺が抜いてあげようか?」
間近でレイヴンの綺麗な顔に見つめられ、ザックはゴクリと喉を鳴らした。黙ったままでいると、レイヴンの手がザックの股間に伸ばされた。
「電気消そうか?口でするだけなら、女と変わらないでしょ?」
電気を消そうとしたレイヴンの手を、ザックは掴んで止める。
「いや、いい。…レイヴンでいい。」
そのままレイヴンを引き寄せると、ザックは彼にキスをした。舌で中を探ると、今迄にない興奮に支配された。
「…甘い。」
「ザックも…甘いよ。」
もどかし気に二人は、お互いの衣類を取り去ると、更に深くキスを交わした。やがてザックの先走りが滴るモノに気付いたレイヴンは、ブロウジョブを始める。舌先で刺激され、時に強く吸われると、直ぐに達しそうになった。
「中に挿 れるのは嫌?」
寸止めの状態でレイヴンに問われ、ザックは持ち直す。
「ゴムはあるけど、ローションがない。…そういうのがないと、痛いんだろ?」
「大丈夫だよ。…ザックのが直接欲しい。病気とかないから安心して、そのまま来て。」
余裕がないザックは、慣らしもしていないレイヴンの後孔に自身の熱を埋め込んでいった。思いの外、容易に迎えられたそこは熱くザックを包み込み、十三歳の時の初体験を塗り替えるほどの衝撃を彼に与えた。
「レイヴン…!レイヴン…!!」
激しく音が鳴るほど腰を打ち付け、気付けばレイヴンの中で果てていた。
何度目かの行為の後、ザックは我に返ったようになり、俯せのまま、息を乱しているレイヴンを気遣った。
「…散々ヤってから、なんだけど…、大丈夫か?」
「うん。気持ち良かったよ…。」
「おまえ、イッてないだろう?」
「ずっとイキっぱなしだよ。…射精しなくてもイクって、普通じゃ、分かんないよね?」
レイヴンの体の反応に、ザックは少しだけショックを受けた。
「俺が初めてじゃないんだな…?」
「初めてだよ。…俺はゲイだからさ、自分でする時、ケツも弄ってたんだ。」
「似合わない言葉使うなよ。」
「幻滅した?」
「いや、そんなんじゃないけど…。」
ザックはレイヴンの背中にキスをして、彼を抱き締める。
この日より、二人の関係は仲間内での公言通りとなった。
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