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第2話 瓶底妖精

俺と彼……カルティノは知り合いでは無い。 俺が一方的に知っているだけ。 「…………」 だから俺はカルティノの家の前まで来て、ウロウロと周辺を飛び回っている……。 だって、だって……! 俺だけだもん! 一方通行過ぎるんだよ!! カルティノの家は平屋の一軒家。 間取りは分からないけど、数部屋ありそう。 目を惹いたのは、リビングのなかなか座り心地の良さそうなオフホワイトのソファー。 そしてその前にある黒い大きな獣の……絨毯? 転がりたくなる……。 でも、このウロウロと彷徨ったおかげで……俺はある匂いをキャッチした。 「これは……花蜜の匂い……」 花の甘い蜜の香り……。 俺達妖精の好物でもある代物だ。 俺はその芳醇な香りを辿り、何と窓が数センチ開いているのを発見したのだ。 悪いと思いながら無理矢理身体を通した先は台所で、木製のダイニングテーブルの上に三個の大瓶が乗っていた。 カルティノが蜜を集めたのかな? 縁に手をつき、瓶の中の魅惑的な琥珀の液体を覗き込みながら俺は彼の事を考えていた。 そして甘い香りだけでもたくさん嗅いで満足しようと、前傾を強めたのがいけなかった……。 ―ボト…… 「!!!」 し、しまった! 蜜瓶に落ちちまった!! しかも中の花蜜で翅が濡れてしまった……。 こんなじゃ、飛べない……。 「ぐ……」 それでも俺は無理に翅を動かしてみたけど、重くて動かせなかった。 「……ふぇ……っ……」 しかも俺が瓶に落ちた事で、この瓶の蜜は全滅だ。 カルティノに嫌われちゃう……。 半分以上入ってる……モッタリ感にこの蜜がとても濃密だと分かる。 それに薄黄色の綺麗な蜜……純度が高そうな様から処理も完璧に違いない。 製作過程の事や、現金化した時に価値をつけるなら高価そうな具合に、俺の瞳に涙がモリモリと出来る。 そしてそれは直ぐに俺の頬を幾度も零れ落ちた。 どうしよう? どうしよう? 嫌われたくない。 でも、嫌われる事をしてしまった……謝らないと……。 でも、謝っても許してもらえずに、嫌われたら……? 俺の中で「でも」という言葉が何度も浮き上がり、混乱具合が増す。 体温が低下してカタカタと身体が震え、妖精の粉が弾ける様に瓶の中に派手に輝き散る。 涙も流れっぱなしで、俺は嗚咽を漏らしながら握りこんだ手で溢れるそれを何度も拭った。 そして最大の混乱が俺を襲った…… 「……ピンク髪の妖精の……子供? お前は……」 ぅあ! 見つかっちゃった!! あ、あ、あ、あ、謝らないと!!! 「ご、ごめんなさい! この蜜がとても良い香りで……嗅ごうとして落ちてしまいました!!」 「…………」 む、無言!? 怖くて顔を見れない……!! 本当はちゃんとした方が良いんだけど、カルティノの視線が怖い! ……そうだ……カルティノはこの蜜を頑張って作ったんだ……! 彼の収入源の一つだったのかもしれない……。 それなら……! 「お、俺、毎日頑張って"蜜"を集めて、ダメにした瓶の蜜を弁償するよ!」 勢い良く言った俺から数十秒遅れてカルティノが口を開いた。 「……毎日? ……なら、お前はここに毎日来るのか?」 「うん! 集めたの持って毎日来るよ。……だから、俺をこの家に入れくれる?」 「ふぅん……? まぁ……良いぜ。……ま、お前の身体じゃその瓶一杯は年単位じゃないか?」 う……。確かに……でも、でも……! 俺は今度は頑張って顔を上げて訴えた。 涙でまだ視界がぐにゃぐにゃと揺れているけど、上手くカルティノを見れない俺には丁度良いフィルターだ。 「それは、大丈夫! 俺、もう少ししたら"大人"になれるんだ。そしたら身体も"人サイズ"になって、蜜を運ぶ量が増やせて……直ぐだよ! すぐ!」 「……妖精の"成人の儀"を受ける年齢だったのか、お前……」 「ち、小さい……儀式を受ける年齢に見えないって言いたいのかよ!?」 「…………まぁ……」 うぅうう~~~! そこは事実だから否定出来ないけどさ!! ……あれ? でも、この流れなら…… 「そうだ! 俺は"クラサ"。アンタは……?」 「クラサ、か。俺は"カルティノ"」 自己紹介で名前ゲトぉ! やったー! 名前をこれで堂々と呼べる! 「……カルティノ……これから宜しくな!」 「ああ、宜しくな、クラサ」 嬉しい! 嬉しい! 嬉しい!! 現金な俺はとりあえず許してくれたカルティノに顔を向けて、ニコリと笑顔を作った。 そんな俺にカルティノは少し驚いた顔をしたけど、直ぐに微笑んでくれた。 俺はカルティノの微笑みに嬉しくて飛び上がり、彼の周りを飛ぼうとして…… ―ぐちゃ! 「ぅひゃ!?」 蜜の中に尻餅をついてしまい、自分が蜜まみれで飛べないのを思い出したのだった……。

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