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第3話 妖精の翅は手揉み推奨
「…………」
「…………」
カルティノの呆れてると感じる視線がイタイ……。
でも、蜜で身体が動かない……。
「ぅう~~……蜜でヌトヌト……」
泣き言も出てくる始末……。
本当にどうしよう。
俺がじんわりまた涙目になってきた時、カルティノの声が降ってきた。
「……流してやろうか?」
「え!?」
カルティノはそう言うと桶を持ってきて、蜜瓶の中に指を一本入れてきた。
俺はそのカルティノの行動が理解出来なくて「?」と見上げたら、「掴まれ」と催された。
そうか! 俺を瓶から出してくれるんだ!
俺は理解が済むと、カルティノの細くて長いが男らしい指にしがみ付いた。
瓶内に妖精の粉が弾ける。これは嬉しさからで、花火みたいだ。
そしてカルティノは俺を瓶から引き抜き、用意した桶の中に下ろした。
足元へ蜜が流れて、ちょっとした水溜りの中に立っているみたいだ。
うーあー……もったいない……改めてやらかした感半端無い……。
俺が足元にどんどん溜まる蜜に自己嫌悪に陥っていると、カルティノが頭を指先で撫でてきた。
グリグリ動かされ、俺は「何だよ!」という気持ちでカルティノを見上げた。
「クラサ、脱いで桶の中でそのまま待ってろ。お湯を用意してくる」
「う、うん……」
少し膨らました俺の頬はカルティノの言葉に直ぐに萎んで、体温の上昇で頬が熱くなった。
ぬ……脱ぐ……。
カルティノの前で、全裸……!
しかもお湯を用意してくれる!?
そんで、そんで、流してもらえる……!!
俺、カルティノに洗ってもらえるんだ!
ふぉおおぉぉお……実感湧いてきた……。
俺はドキドキしながら腰に巻いている布と前面を覆っている物の紐を解き、桶の中心に座った。
するとカルティノがお湯を持って現れ、俺の頭上からチョロチョロと流し始めた。
お湯は適温で、俺はカルティノかがもたらしてくれたお湯で髪の毛をワシャワシャしたり身体を手で擦って蜜を流した。
そして流されたお湯が桶に溜まって、何だかお風呂気分だ。
そして粗方流し終わったところで問題が……。
「翅……」
翅はアメールと洗いっこしてたから……どうしよう?
自分じゃ手が届かないんだよな……。
俺達妖精の翅は案外丈夫でさ?
"突かれる"と穴が開いちゃうけど、"揉まれる"のは案外強いんだ。
それにそういう壊れ方は、一応自動修復してくれる。
でも、"毟られたり"、"切り離されたら"……もう、無理。
飛べないけど花びらから作ったハネか、翅無し妖精として生きていくしか……。
しかも花びらのハネは"妖精の粉"が出ない。
妖精の粉が出せるから、妖精は飛べるんだ。
「……あ、あのさ、カルティノ……俺の翅を洗ってくれないかな?」
「俺が? ……良いぜ? どうするんだ」
俺の申し出にカルティノが了承してくれた!
そして妖精の翅をカルティノの指が突いた。
それが俺の背中に伝わり、翅から黄金の粉がキンキンと飛び舞う。
「あ、あのね、"くしゅくしゅ"ってして!」
「……随分と抽象的だな……」
そう言いながらカルティノは俺の翅を指先で擦り揉んで、お湯を掛けてくれた。
俺はその間溜まったお湯で服をジャブジャブ洗った。
「こうか? 案外丈夫なんだな」
「ん……」
そしてカルティノに洗ってもらった事で翅の重みが消え、俺は背中に向けていた力を抜いて桶の中で"たるん"とした気分で座っていた。
するとカルティノはそのまま指先で背中を撫でてきて、俺は急にゾクゾクして股間が危うくムクムクしてしまうところだった。
好きな奴の指先……半端無い!!
「もぅ! カルティノ、くすぐったい!!」
「ああ……そうか……」
「ん! もう落ちたよ! ……綺麗に洗ってくれてありがと。へへッ」
「おう。じゃ、上がるか」
「うん」
そしてカルティノが今度は掌を出してきたから、俺はそれによじ登って座った。
翅が濡れた状態じゃ、飛べないからな! 少し待って乾くのを待つのだ。
カルティノはいつの間にか用意していたのか、タオルを上に俺置いて、小さなフェイスタオルを被せてきた。
種族間の差から、俺はフェイスタオルに包まり、その隙間からカルティノを見上げて笑った。
俺の笑いにカルティノも少し口角を上げてくれた……! 美形の微笑み!!
エルフ族はみんな美形だけど、カルティノは更にワイルドな色気が……頬が真っ赤で頭がクラクラしちゃうじゃんよ!
俺がタオルの中で悶えていると、"コト"と何かが置かれた音がした。
音に頭を出してそれを確認すれば、それは……
「……蜜はこれに集めてくると良い」
「ミルクポットだ! うん、分かった! ありがと!」
カルティノが出した白い陶器製の蓋付きのミニミルクポット。
丸いフォルムが愛らしい。
そしてカルティノは魔法でそよ風を作ってくれ、俺と服を乾かしてくれた。
髪も翅も服もフワフワしてさっぱりだ!
「カルティノ、花蜜……ごめんな。俺、ちゃんとこのミルクポットに蜜を集めて、あの瓶分、弁償するから!」
「ああ。クラサ、お前を特別この家の客人として出入り自由にしてやる」
「ふぇ?」
カルティノはそう言うと俺の腹を突いた。
すると俺の腹が"ぶわ"と熱くなって……
「……花の模様……?」
「そうだ。その花模様は特別だ。この家の"鍵"……だからな」
「花の鍵……」
「特に盗られて困る物は無いが……俺が居ない時にお前が来ても、家に入るのを許可したんだ。俺が家の中に居なければ、普通は入れない」
「え? でも俺、入れたよ?」
「それは俺が昼寝をしていたからだ。物音で目が覚めた」
「う……ご、ごめん……」
ますます申し訳なく……。
腹の……臍の上に出来た花の模様を撫でながら、しょんぼり頭を垂れた。
それからミルクポットを再度抱えて自己嫌悪。
……不法侵入、花蜜台無し、安眠妨害、俺の世話……
「待ってるからな、クラサ」
しかし落ち込む俺にそう言って、カルティノは俺の頭を指先で撫でてきた。
クリクリとされながら、現金な俺はもう笑顔だ。
俺は「うん!」と元気に答えて、翅を動かして今度こそ妖精の粉を嬉しさに撒き散らしてカルティノの周りを飛んだ。
カルティノはそんな俺を従えて、台所の窓を開けてくれた。
「この窓は花の鍵で開く様にしておくからな」
「うん! カルティノ、ありがとう!」
そうか。ここから出入りすれば良いんだな!
俺はカルティノにお礼を言ってミルクポットを抱え直し……
―ぷちゅ
「……妖精の加護だよ、カルティノ。またね!」
俺は思い切ってカルティノの頬にキスをして、煌く妖精の粉を撒きながら上昇して高速で妖精の集落である"緑の帳"に帰った。
……俺の行動にカルティノがどんな表情をしたのか、知らない。
高速移動したのとは別なドキドキが心臓を叩く。
妖精の加護……とは、まぁ……気休め程度の『良い事が起こりますように!』という、呪いだ。
だから……俺が台無しにした分以上の嬉しい、幸せな事がカルティノに起こりますように!
俺は集落へと粉を撒き散らして飛びながら、そんな事を願った。
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