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第6話
久しぶりの音楽室、久しぶりのピアノ。
担当教科でもない教師の俺が音楽室へ来ることなんて滅多にない。
2年ぶりにピアノの前に座り盤面に触れてみる。音は鳴らさずに。
綾瀬が卒業してピアノを弾かなくなった。何度かここまで来たことがあるけどとなりにもういない存在が気になって、弾かずに終わった。
どうしてか騒ぐ胸を抑えるように指を動かした。
音がひとつなる。もうひとつ鳴らして、連なっていく。
久しぶりに弾いた。久しぶりすぎて下手くそすぎか、と笑いたくなる。
弾いてて、少し落ち着いてくる。
教師になって2年経って悩みに埋もれそうになっていた頃。岩崎先生の手伝いで音楽室に教材を運んだときがあった。
久しぶりにピアノを見て触れた俺に岩崎先生がピアノ興味あるのかと訊いてきたんだ。
中学までは習っていたことを伝えると、いつでも気が向いたときに弾いていいですよ、と鍵を貸してくれた。
顧問をしている部活がない水曜。俺は放課後の音楽室で息抜きのためにピアノを弾き始めた。
本当に久しぶりのピアノだったけれど驚くほどに気分が落ち着いて、毎週弾くようになった。
そこへ綾瀬が来たんだ。
単純に俺のピアノを褒めてくれるのが嬉しかった。
単純に誰かが聴いてくれるのが嬉しくて。
「ーー……」
弾いていた手を止める。
まだ曲の途中。だけど……いまピアノの音色に混じってーー。
「すみません、邪魔しましたか」
反射的にドアの方を見た俺に声がかかる。懐かしい声。少し低くなったような気もする声。
やっぱり、身長伸びたな。
遠目ではなくさっきよりは近いところにいる綾瀬はあどけなさは残したまま、だけど大人の顔で微笑んだ。
「いや、大丈夫」
「入ってもいいです?」
「ああ」
頷くと嬉しそうに綾瀬はピアノのそばへ来た。昔と同じように座り直して綾瀬のスペースを空けると腰を下ろす。
触れるくらいの距離は2年ぶりで妙に緊張した。
「お久しぶりです、先生。今日教育実習のことで来たんです。それでそういえば水曜だな、と。先生いるかなって覗きに来たんです」
いて良かった、と綾瀬が一層目を細めた。
「そうか……」
2年ぶりだなんてことは言えないで、笑みを浮かべてはみたけれど引きつってしまったような気がする。
「聴いていてもいいですか?」
情けない俺は綾瀬にどう見えているんだろう。
綾瀬は変わらない笑顔で尋ねてくる。
俺はもちろんと綾瀬がとなりにいたころ、弾いていた数曲を弾き出した。
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