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第2話

あれから数時間経っても、秀彦は部屋に戻って来なかった。冷たくなったマグカップに残るコーヒーを飲み干して、苦味に顔を顰める。 改めてよく部屋を見回してみれば、本棚に並んでいた雑誌は極端に少ないし、棚に並べられていたプラモデルも、今まで一緒に撮った写真だって見当たらない。 「なんだよ、マジかよ…」 一人暮らしをするという事は、ここを出て行くという事で。 それは即ち、自分との別れを示していた。 暗くなった窓の外を眺めて、部屋を後にする。すぐに辿り着く、隣の家の自分の部屋。コルクボードに貼られた写真には、楽しそうな二人の姿が映っている。 「…夏休み、結局プール行かれなかったじゃん」 自分の家庭教師を引き受けてくれ、期末テストの点数が上がり、それから今まで以上に深まった仲。大学生と高校生では自由な時間もあまり重ならず、大っぴらに引っ付いて出歩けるような関係ではなくなってしまったけれど、それでも、二人で過ごす時間はとても楽しくて。 スマホを握りしめてベッドに横になる。隣同士の家なので、室内の作りはまるで鏡に映したように反対になっていた。壁をじっと見つめ、ゆるゆると掌でなぞる。 「秀彦ぉ、オレの事、嫌いになっちゃった…?」 その小さな声は、壁の向こうに伝わる事はなかった。

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