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第2話
「楓、履歴書見たこと、省吾君には内緒だからね」
相田が人差し指を唇に当てて、釘を刺してきた。
「それは分かんねーよ。だってアイツ、いっつも俺だけガン無視しやがるし」
「あはは、まあ……それは……えーと、彼、楓が苦手なんじゃないかな」
「はぁ!?苦手だとガン無視していいのかよ!?いい大人のクセに!」
「楓、声大きいよ」
言われると、楓は肩を竦めて「ゴメン」と詫び、どうして省吾に無視されてしまうのかについて考えだす。
悪いことをした覚えはないし、これからするつもりもない。
ただ、引っかかることなら、無きにしも非ずといったところだ。
省吾がここでピアノを弾き始めた1ヶ月前、相田に省吾を紹介してもらった楓は、思い切り目を見開いた彼を目撃している。
あれはどういうことだったのだろう。
自分で言うのも気が引けるが、楓は決して不細工な顔立ちではない。
むしろ爽やかなイケメンとして、社内ではそれなりにモテている。
なのに1度も省吾に話しかけられたこともなければ、挨拶に対して返事をしてもらったこともない。
つまるところ、今の楓にとって省吾は「感じ悪いヤツ」なのだ。
演奏が終わると、BARの中に拍手の嵐が巻き起こった。
客の何人が省吾の弾いた曲名を知っているのかは謎だが、惜しみない拍手を送るくらいには感動したという証拠だ。
省吾は静かにピアノの蓋を閉じると、客席に向かって一礼し、カウンターまで戻ってきた。
「省吾君、お疲れ。今日もすごかったね」
「ありがとうございます」
「おう、お疲れ」
「……」
やっぱり、楓の「お疲れ」にはガン無視を決め込むのかと、楓は面白くないことこの上ない。
そんなことをされる覚えがないのだから、当然だろう。
省吾は帰ることなく、カウンター席に落ち着いた。
もちろん、楓とはできる限り遠い場所に陣取る。
「アイツ、帰んねーの?」
楓がコソコソと相田に問うているのが、はっきりと聞こえている。
大方、省吾に聞かれてもいいとでも思っているのだろう。
「彼、これまで夜8時の演奏だけだったんだけど、9時からも弾いてもらうことになったんだよ。一晩で2ステージこなすってこと」
それだけ省吾のピアノは客受けがいいということで、相田としても嬉しい話だ。
だが省吾は複雑だった。
自分の近くに、あの人と同じ顔をした彼がいる。
折角労ってくれるのに、顔を見るとあの人の面影と重なってしまい、喉がつかえて声が出なくなる。
「すごいじゃん。なぁ、お前!なんで俺のことシカトすんだ?」
いい感じにジンライムが回ってきたところで、楓が少々声を荒げて問うてくる。
賄いができるのを待っていた省吾は、どうしたものかと瞳をあちこちに揺らした。
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