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第4話
恩師を亡くした省吾は、課題曲をこなすことも、コンクールに出ることも、大学の試験を受けることもできなくなり、やむなく大学を中退した。
もちろんそんな勝手を親が許すはずもなく、省吾は今両親に勘当されて家を追い出され、BARからの演奏料だけで生計を立てている。
正直なところ、どん底の生活だ。
家賃に割ける金額は小さく、相田に保証人になってもらい、6畳1間の安いアパートに移り住んでいる。
夕食代は店からの賄いで浮かせることができるが、他の食事は質素なものだ。
こんな生活がいつまで続くのか、それは省吾本人にも分からないことだった。
翌日、楓は朝9時ギリギリに出社した。
楓の所属する総務部は、いわゆる会社の何でも屋。
あり得ないと思うほどにくだらないクレームの処理をしたり、社屋を囲む植木の世話をしてばかりで、社の基軸たる事業に携わることはほとんどない。
その代わり、会社の「●●周年記念パーティー」とか「創立記念日」の告知メールなど、雑務と呼ばれる仕事は全て引き受けている。
「文句は一切言わないこと」と、入社したての頃総務部長に釘を刺され、「文句なんて言うものか」と思ったのは、入社から数日間くらいだった。
それでも1年間は頑張って文句を言うことなく、黙々と下働きに専念していた。
一人前の総務マンになるための試練だと思い込むことで、自分で自分を叱咤激励していたからだ。
しかし2年目になって、叱咤激励するのも、過剰に己を鼓舞するのもバカらしくなった。
ひっきりなしに受信するクレームメールを眺めているうちに、「俺はコイツらのストレスの捌け口になっているのか?」と疑問に思ったからだ。
それを同僚の先輩に問うてみたところ、「今頃気付いたのか?」と逆に呆れられてしまった。
楓が相田が経営するBARに毎晩通うようになったのは、この事件があった直後のことだった。
自分だけが言われ放題で我慢する環境に耐えきれず、愚痴を零すついでに晩酌と夕食も相田に作ってもらえばいいと思った。
「折角BARで気持ち良く飲めるようになってきたってのに……何だってんだよ、あの柏木は」
ストレス解消のために通っていたのに、ストレスを溜めてしまうなど、本末転倒もいいところだ。
何とかBARでのストレスを皆無にできないものだろうか。
「顔は綺麗だけど……俺ほどじゃないけどな……」
ブツブツ言いながら、中庭の花壇に水を撒く。
そうしていると、お遣いに出かけるであろう2人の女子社員と目が合った。
「何?」
楓は少しばかり尖った声で問うてみた。
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