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第6話
その日の夕方5時20分──。
定時でさっさと仕事を切り上げた楓は、BARの入り口に置かれたベンチに座り、省吾を待つことにした。
別に座って待つほど繁盛する店ではないのだが、店の外があまりに殺風景だからという理由で、相田が気紛れに置いている。
とは言ってもただ置かれている訳ではなく、置いておけば飲んでいる最中に仕事の電話を受けた客が話したり、酔いを覚ますために夜風に当たりたい客達にちゃんと利用されている。
そろそろ省吾が来る頃だろうか。
楓は時計の針が5時30分を回ったのを確認すると、遠方に省吾らしき人影を見付けた。
早足で歩いていた省吾は、店の入り口に楓の姿を視認したところで足を止めた。
なぜ彼があそこにいるかが分からないからだ。
まさか自分に用がある訳ではないのだろうが、楓をスルーして店に入るのも何だか気まずい。
「よう」
どうしようかと内心迷っていると、楓がベンチから腰を上げて省吾の前に立ちはだかった。
「……」
「こっちから話しかけてんのに、またシカトか?」
「……」
「俺の何が悪ぃっつーんだよ?お前の気に障ること、何かしたか?」
相田に気付かれないように、少し声のトーンを落として喋る。
省吾は依然として口を開く気配はなく、一人で話しているのがバカらしくなってくる。
「何とか言え……ッ!?」
なんだ──?と思った時には胸倉を思い切り掴まれ、唇に省吾のそれが重ねられていた。
キスをされているのかと認識するまで、数秒を要してしまう。
それほど、省吾の行動は突拍子もないもので、さすがの楓も言葉に詰まった。
「俺はそっちの世界の人間だ。分かったなら関わるな」
「そっちの世界って……まさか、ゲイってことか?」
「そうだ」
出会ってから一言も口を利いてくれなかった省吾が、今楓を相手に話してくれている。
たったそれだけのことが、とんでもなく嬉しい。
昼間感じていた諸々のストレスが、物凄い勢いで心の中から消えていく。
省吾は事実のみを伝えたところで、楓の胸倉を掴んだ手を放そうとするが、その手を楓に掴まれ阻まれた。
「お前、俺のこと苦手って言ってたな?なんでだ?」
早く手を振り解きたいのに、楓の力は省吾のそれを上回る。
それにあまり抵抗してもっと力を入れられてしまったら、今日の演奏に差し支えてしまいそうだ。
「……別に。理由はないけどいけ好かないヤツっているだろ」
「いけ好かないってなんだよ?」
「こっちが聞きたいな」
「ふぅん……素直じゃないねぇ……」
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