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第7話

ムカツク。 でも放っておけない。 この感覚は何だ──?と、楓の心にこれまで芽生えたことのない得体の知れない感情が渦巻き始めた。 俺はこの男をどうしたいのだろう。 「いけ好かない」と言ったことを撤回させたいのか、もう「いけ好かない」などとは言わせたくないのか。 多分、両方だろう。 だから躊躇わなかった。 楓は至ってノーマルで、男を相手にどうこうという趣味はないが、柏木省吾という男には楓を魅了する要素が備わっているように感じる。 形よく整った双眸の中に、妖しい光を宿した黒曜石のような瞳、整った鼻筋、その下の薄くて形のよい唇。 至近距離で見ていると、キスをしたくてたまらなくなる顔の持ち主だ。 楓は省吾の後頭部に手を回し、逃げられないように自分の方へと引き寄せたところで、今度は自分から省吾の唇を奪った。 「──っ!?」 相手は怯んでいるのか、怯えているのか。 少なくとも喜んではいないだろうが、楓はこうしたかったのだから満足だ。 「いけ好かないヤロウとのキスは、どうだったよ?」 挑発的な表情でそう言ってやれば、省吾は楓の手を振り払って視線を逸らしていた。 なぜこの男は楓の顔を見ようとしないのだろう。 そうだ、初めて会った時にとても驚いたような表情を見せたきりで、それからの省吾は楓の顔をまともに見ていない。 目が合ってもすぐに逸らし、無理矢理眼中外に置いているように感じるのは、決して気のせいではないはずだ。 「お前、アフターとかってやんのか?」 「……なんだ、それは?」 「仕事が終わったら、場所を変えて個別に客と飲んだりすることだ」 「仮にやるとしても、アンタとはやらない」 省吾は楓から目を逸らしながら、手の甲で唇を拭っていた。 「相田ぁ、お代わりぃ……」 開店してから1時間後、楓は10杯目のジンライムを相田に要求していた。 これが普通の客だったら大人しく作ってやる相田だが、相手が楓なので「飲み過ぎだよ」と言いやすい。 実際にそう言ってやると、「飲みたい気分なんだよぉ」と潤んだ目を向けてきた。 「どうしたの?会社で何かあった?」 楓がこんな風に乱れるのは珍しい。 会社で嫌なことでもあったのだろうか。 「モテモテだよぉ、合コン誘われたしさぁ……」 「行かないの?」 「行かない……めんどくせーし……」 「どうして?気晴らしになるかもしれないよ」 相田は空いたグラスを楓の目の前から没収すると、「しばらくこれ飲んでてね」と言って、ハーブティーを置いた。

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