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第11話
省吾はステージを下り、カウンターへと歩み寄ってきた。
もちろん、いつも通り楓とは極力遠い席を選んで座る。
同時に賄いのオムライスを相田が出してくれるが、同じタイミングで楓が省吾の隣へと移動してきた。
「おい、これ、お前の落とし物だろ?」
カウンター内の相田には見えないよう、パスケースの写真を表にしてこちらに差し出してきた。
「!?」
まさか楓に拾われているとも思わず、省吾は整った双眸を大きく見開く。
そして写真をひったくるように楓の手から奪った。
「どうも……」
よりにもよって拾ったのが楓だったとはと、省吾は内心焦っていた。
楓はきっと写真を見て驚いたことだろう。
何と言っても彼と同じ容姿をした人物が写っていたのだから。
「ソイツ、誰だ?」
「……アンタには関係ない」
「あるだろ。ソイツ、俺とクリソツだ」
やっぱり見てしまったのかと、省吾は楓をスルーしてスプーンを手にしようとするが、手首を思い切り掴まれて眉根を寄せる。
見た目の割に力があるのは、夕方のキスで痛感したが、今はあの時よりも楓の力に恐怖を感じる。
「離せ」
「誰だか教えるまで、離さねーよ。メシ、食いっぱぐれるぜ」
ならば好きにしろと、省吾は左手でスプーンを持った。
両利きなので、右手がダメなら左手でカバーできる。
「お前……案外往生際が悪いのな?」
「余計なお世話だ」
スプーンでオムライスをすくって、食べ始める。
右手首が相変わらず痛いが、9時からの演奏で使い物にならなくなったら、楓のせいにすればいい。
いや、ピアノが弾けなくなるかもしれないなんて、それでいいのか──?
それは唐突に省吾の心に芽生えた危機感だった。
今まで怪我で弾けなくなったことはない。
そのくらい手を大切に守り、爪のケアも毎日してきている。
なのに、こんなくだらない理由で手首が使い物にならなくなって弾けなくなるなど、先生が見たらどう思うだろう。
「離せと言って離さないなら、ぶん殴ってでも離してもらう」
「やってみろよ」
チラ──、と楓を横目で見れば、彼は「できるもんならやってみろ」とでも言いたそうな表情でこちらを見ていた。
省吾は左手に持ったスプーンを皿の上に置くと、拳を握って力を込めるが、そこでまた最悪の可能性に思い当たった。
客を殴るようなピアニストを、相田はどう思うのだろうか。
しかも殴る相手は相田の親友である楓だ、タダで済むはずがない。
握った拳が震え出す。
きっと楓は省吾が手出しできないことまで計算して、手首を握り続けているのだろう。
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