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第12話
「分かった……話すから手を離してくれ」
「約束破ったら、また同じことするからな」
そんな風に釘を刺ささなくても、話すと言ったからには話すのにと、省吾は少しだけ口をへの字に曲げた。
「写真に写っていたのは、俺の大学時代の恩師の峰島先生だ」
「やっぱり俺じゃねーのか。にしても、随分俺と似てんのな」
「初めてアンタに会った時、先生が生きていたのかと思って驚いた」
楓は省吾を相田に紹介してもらった時のことを思い出した。
確かに、「そんなまさか」とでも言いたそうな表情を浮かべていたように記憶している。
「待てよ、『生きていたのか』って、その先生ってもしかして……」
「死んだ。1年ちょっと前に、交通事故で」
「そうか……この世にいねーのか……」
「もういいか?さっさと食わないと、次のステージが始まる」
とりあえず聞きたいことだけ聞き終えた楓は、大人しく自分の席へと戻った。
「夕方の一件があったのに、よく自分から話しに行ったね」
カウンターに落ち着けば、相田が「呆れました」と言わんばかりの顔をしていた。
まあ、楓もあのパスケースを拾わなかったら、省吾と話そうなどとは思わなかっただろう。
「うっせ。今日はマティーニのドライで」
「これはまた強烈なお酒をご所望だね」
「飲みたい気分なんだっつーの」
相田は笑いながら「かしこまりました」というと、シェイカーにマティーニ用の酒を少しずつ入れて行く。
「ちょっと濃い目がいい」
「了解」
省吾の過去は、楓にとって謎でしかない。
だが謎を謎のまま放置する気はなかった。
夕方の一件、パスケースの写真、どちらも気になって仕方がなく、このままやり過ごせる自信がなかった。
8時、9時のステージをこなした省吾が店を後にしたのは、夜10時になるかならないかくらいの時間だった。
BARの裏口から外に出ると、五月雨が降りしきっている。
天気予報をアテにすることなく折り畳み傘を持たずに家を出てきた身としては、このまま濡れて帰るしかなさそうだ。
省吾は数歩歩いたところで、肌を冷やすばかりの冷たい雨だなと思い、漆黒の夜空を見上げた。
冷やかな雫がたちまちのうちに顔を濡らしていく。
「銭湯に行く気にもならない、か……」
今日は疲れた。
楓に峰島のことが露見したことも原因だが、楓相手にキスをしたりされたりと、距離を置きたい相手から、距離を詰められてしまったことも大きな理由かもしれない。
だからこの疲労は気疲れというやつで、身体には無関係のはずなのに、どことなく気怠い。
熱でもあるのだろうか。
あったとしてもおかしくはない。
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