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第13話

何と言っても、今の部屋に引っ越してきてから、省吾はずっと布団の上で眠っていないのだ。 引っ越し費用を捻出するだけで精一杯で、寝具どころか家電すらまともに買えていない。 ちなみに省吾は大学に在学している間、ずっと実家から学校に通っていた。 だから中退して勘当された時に持ち出すことが許されたのは、1台のアップライトピアノとしばらく暮らしていけるだけの金銭だけだった。 「おい、テメーなんで傘ささねーんだよ?」 背後に楓の声が聞こえるが、省吾は振り向かなかった。 もう彼と関わりたくない。 これ以上深入りしてしまったら、峰島のことばかり思い出してしまいそうで怖い。 「持ってねーのか?」 「……」 「返事くらいしろって」 「アンタ、なんでこんな時間に店出てんだ?今日は金曜だ、いつもなら閉店まで粘ってるだろうに」 楓は少なからず驚いた。 省吾は自分のことなど眼中外だとばかり思い込んでいたので、週末前の楓がどうしているかを知っているのが意外だったのだ。 「俺に無関心ってワケでもなさそうだな?」 「別に……アンタの容姿は目立つから、嫌でも視線を持っていかれる。それだけだ」 ああ、本当に疲れた。 今すぐここに倒れて眠ってしまいたいくらいに、気怠さを感じている。 省吾はそこまで考えたところで、自分が立ち続けるために踏ん張っていることに気付いた。 こんな風に不自然に立っているくらいなら、いっそ倒れてしまえばいい。 そう考えて両脚の力を抜けば、身体が自然と前傾し、雨に打たれる路面が視界に入った。 「おい!どうした!?」 倒れ込みそうになるのを、胸元に回された腕が支えてくれた。 楓が力を貸してくれているのかと察すると、益々疲労を覚える。 「ほっとけよ、俺のことは……」 もう苦しい思いはしたくないのに、楓と関わっていたら苦しさしか感じないような気がする。 「そうはいかねーだろ!?バカか、お前は!?」 「バカで……結構だ……」 未だ楓が何か怒鳴っているが、生憎耳に入ってくるのは五月雨の降りしきる音だけだ。 なぁ、先生?俺をそっちへ連れて逝ってくれないか──? 五月雨に打たれて気力も体力も果てた省吾は、実現し得ないことを心の中で願いながら、徐々に意識を手放していった。 一方で、楓は大いに戸惑っていた。 さしていた傘は足元に落ちているが、省吾の身体を支えているので再び手にできそうにない。 「マジでバカなのかよ……つーか、今夜は土砂降りになるって天気予報見てねーのか?」 とはいえ、省吾をここに置いて帰るというのも、なかなか気まずい。 せめてタクシーが通ってくれたらと思うが、生憎ここは多摩川沿いの細い路地で、車の進入が禁じられている区画だった。

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