省吾が高熱を発した日から、2人の距離はみるみるうちに詰まっていった。 互いを名前で呼び合うことも、距離を縮める上で重要なファクターとなっているのだろう。 楓が笑えば省吾も笑う。 楓がピアノ演奏を手放しで褒めれば、省吾も恥じらいながら頷いて見せる。 あれほど嫌悪し合っていた2人が、何をどうすればこれほど親密になるのか。 このことに一番驚いていたのは、BARのマスターである相田だった。 「省吾君と何かあった？」 省吾がピアノを演奏している間、いつものジンライムをちびちびと飲みつつ耳を傾ける楓に、相田は小さな声で問うてみた。 「なんでそう思うんだよ？」 「ちょっと前の2人とは思えないほど、仲良しになってるからね」 まあそれはそうだろう。 省吾は今、楓の家で暮らしているようなものなのだから。 これは楓が言い出したことで、省吾の家があまりお粗末だからという理由で、「しばらく一緒に暮らしてみないか」と持ち掛け、実現していることだ。 もちろん、省吾の心にある峰島という恩師の痕跡の上書きも、捗っていると言っていいだろう。 「ちゃんと付き合おうと思ってる」 「……は？」 少し妙な間が開いてしまったのは、相田が楓の台詞に数瞬驚かされたからだ。 確かに省吾は楓に勝るとも劣らない容姿の持ち主だが、そもそも楓はノーマルではなかっただろうか。 そう問えば、相手はうるさいとばかりにこちらを軽く睨んできた。 「省吾限定で、男もオッケーになった」 「え？ちょっと待って……オッケーになったってことは、もうあれこれしちゃってるってこと？」 「悪いのか？」 そう言って好戦的に口角を上げる楓の顔は、同性の相田ですらときめいてしまうほどに艶っぽかった。 そうこうしているうちに、省吾の最初のステージが終わり、客席から拍手が湧き起こる。 楓も相田も弾かれたように手を叩き、ステージを下りて来る省吾を迎え入れる。 これまでの彼なら楓から一番遠い席を選ぶところだが、最近の彼は敢えて楓の隣に座るようになっていた。 「おう、お疲れ」 「どうも」 とはいえ、元々あまり口数の多くない省吾が饒舌になっている訳ではない。 ひたすら楓の話に耳を傾け、ほんのちょっとだけ笑うようになった。 「ま、いい傾向……って言っていいのかな……？」 楓との付き合いが長い相田からすれば、少々複雑である。 高校時代、園部楓と言えば、モテ男の代名詞のような存在で、それこそ彼女をとっかえひっかえしていたくらいだからだ。