22 / 35

第22話

そんな彼が省吾限定であってもゲイの道に足を踏み入れるなんてことは、少なくとも相田には信じられなかった。 「お前、酒飲めねーの?」 「演奏前は飲まない」 「なんで?」 「指の動きが悪くなる」 そういうものかと、賄いのチャーハンを食べる省吾を、楓は温かな眼差しで見つめた。 「芸術家のこだわりってやつか?」 「そんな感じだ」 「ふぅん……」 空になりつつあるジンライムのグラスを振ると、内側の氷がガラスにぶつかってカラカラと小気味のいい音を立てる。 それにしても──、と楓は思う。 こうして話せるようになったのは嬉しいが、どうやってちゃんと告白したものか。 いつも「好き」とは言っているが、それはベッドの上での話であって、そうでない場所で告白したことがない。 だからこちらの好意がどの程度省吾に伝わっているのか、今一つ分からないのだ。 とはいえ、ここで告白する気はない。 今日の帰り道にでも、言ってみようか。 「あの、マスター」 そんな楓の胸中などお構いなしで、省吾は相田に話しかけた。 「何だい?」 「突然なんですけど、明日休みをもらえませんか?」 「明日?本当に唐突だね?」 「すみません……俺もちょっと忘れてて……さっき思い出したんです」 何やら訳ありだなと相田は思うが、「いいよ」とだけ応じた。 「でも、次からは少なくとも1週間前には休みを申請してくれるかい?」 「はい、すみません」 2人のやり取りを黙って聞いていた楓が、ようやく話に割って入ってきた。 「なんで休むんだよ?どっか行くのか?」 言うべきか、言わざるべきか。 省吾は瞬間的に思考をフル回転させ、楓にどう返答するのかについて必死に考える。 そうして導き出された答えは、「正直に言うこと」だった。 「命日なんだ、明日」 命日──、と聞いて、楓は咄嗟に峰島の命日なのではと思った。 「誰のだよ?」 それでも念の為に訊いておく。 もしかしたら省吾の身内の墓参りかもしれず、それなら許せると思ったからだ。 「先生のだ」 「っ!?」 やはりそうだったのかと、楓は乱暴にグラスをテーブルに置き、省吾の肩を思い切り握った。 「何で行くんだよ?」 「毎年行ってる」 「今年からは必要ねーだろ?俺がいるんだからよ」 そう、今は峰島ではなく、楓がそばにいてくれる。 どこまでも自分勝手にセックスを押し進める峰島とは違い、省吾の身体を気遣って情事に及ぶ楓がいる。 だが、だからこそ行っておかねばならない。 もう峰島を忘れたくないとは考えていないが、彼の墓石の前で告げておきたいことがあるのだ。

ともだちにシェアしよう!