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第23話
「俺が墓参りに行くことが気に入らないなら、今日は自分の家に帰る」
「じゃあ、そうしろよ」
素っ気なく、不貞腐れたような物言いに、省吾は冷水を浴びせられたような錯覚に陥った。
いつから、楓のことを好きになっていたのだろう。
彼の一語一句に心がざわめき、自分の意思がどこかへ吹き飛んでしまうような気がするようになった。
楓が笑ってくれるのが嬉しくて、自分もつられて笑うようになった。
なのに、あの木造の今にも潰れそうなアパートに帰らなければならないのかと思うと、寂寥感と胸の痛みが同時に押し寄せてくる。
「相田、俺今日はもう帰るわ。お会計」
「ああ……うん」
相田はすっかり俯いてしまった省吾を気にかけながらも、楓の席の伝票を見てレジに金額を打ち込んでいく。
楓はお代を払うと省吾に何も話しかけることなく、乱暴にドアを開けて帰って行ってしまった。
「省吾君、大丈夫?」
いくら墓参りが気に入らないからと言って、さすがにあの態度はないだろうと、相田は心の中で楓を詰りながら省吾に話しかける。
「大丈夫です……」
心が今にも崩壊してしまいそうだが、今夜はまだ1ステージ残っている。
省吾は賄いを黙々と食べながら、何を弾こうかと演奏の方に集中しようとしていた。
楓は梅雨という季節が元々嫌いだった。
気紛れに雨雲が空を覆っては、地面に大量の雫を落とし、傘を常備しなければしのげない。
だが今日、もう一つ嫌いな要因が加わった。
それは恋人のかつての恋人の命日だということだ。
「なんでアイツ、墓参りなんか……」
峰島の記憶は、これからもずっと省吾の心に残り続ける。
それ自体は仕方のないことで、残るのだとしても記憶が薄まればいいと願っていた。
そう願うあまり、貪欲に省吾を求め、順調に2人の間に根付いていた遠い距離を縮めてきた。
なのに、省吾は明日、峰島の墓参りに行くと言って譲らない。
やはりまだ忘れられないのだろうか。
墓地を訪れなければと考えてしまうほど、峰島を想っているのだろうか。
「やってらんねーなっての」
そう言えば、省吾は今夜自分の家に帰ると言っていた。
本当にそれでいいのだろうか。
楓は一度彼の家の中に入れてもらったことがあるが、あまりに物が少なすぎて「マジかよ!?」と大声を出してしまったほどだ。
まず布団がない。
家電も、電子レンジだけしか置かれていない。
電気は辛うじて点くが、ガスは通っていなかった。
もちろんクーラーの類などあるはずもなく、もっと言えばトイレはあっても風呂がなかった。
省吾は毎日銭湯に通っているとのことだ。
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