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第28話

とてもではないが曲を弾くのは無理だと判断した省吾は、蓋を完全に下ろした瞬間、バキ──、という音が聞こえ、慌てて玄関の方を振り返った。 燃えている──? 火事だと理解するのに数秒を要した。 逃げなければ、と危機感を抱くまでに、更に数秒を要した。 だが、このままでいいと開き直ることは一瞬でできた。 峰島の命日に火事に遭遇し人生を終えるなんて、出来過ぎた話だなと、少しばかり口角を上げる。 省吾は丁度いいとばかりに、スーツのポケットに入れていたパスケースを火の中に投じた。 やたらと消防車が通り過ぎる音が近いなと、楓は下ろしていた瞼をすっかり開き、まだまだ眠気の残る頭でカウンターから顔を上げた。 相田はサイレンが気になるのか、裏口から外の様子を見つめている。 「楓、ちょっと来て!」 「何だよ?」 「あの辺りって、省吾君の家があるんじゃないかって思って!」 「──っ!?」 楓は急いでカウンターから立ち上がると、厨房内に入って裏口に回り、相田を押しのけて外に出る。 そして煙が上がっている方角を見て、愕然とした。 「燃えてんの、省吾の家っぽい!まだ帰ってねーだろうけど、ちょっと見てくる!」 「ちょっと、楓!?酔ってんのにそんなに走ったら、吐くよ!?」 「どうでもいーわ!!!」 楓は脇目もふらずに全速力で走った。 省吾はもう帰宅しているのだろうか。 チラッと腕時計に目を落とすと、既に午後6時を回っている。 帰宅しているかどうか、微妙な時間だなと思うが、走ることをやめられない。 きっと理屈を考えるよりも、本能で動いているからなのだろう。 徐々に消防車がはっきりと見え始め、人垣ができている様子が見えた。 楓は「すいません、通してください!」と喚きつつ、人垣をかき分けて最前列に出る。 そこには消防士が立っていて、「この先の安全確認がとれていません!」と楓の行く手を阻んだ。 「知り合いが……中にいるかもしれねーんだ!」 何てことだ、火は赤々とアパート全体を囲んでいて、消防車から放出される消火剤をかけられても、まだ燃えている。 「お知り合いは何階に住んでいらっしゃるんですか?」 「1階です。そこの……角部屋です!」 楓が省吾の部屋を指差すと、消防士は同僚に声をかけ、その部屋に誰かいるかどうかを確認するよう告げた。 どうか省吾がまだ帰っていませんように──。 火は室内にまで入り込んでいて、作業中の消防士が省吾の部屋の中に消火剤を撒き散らし始めた。 峰島、まだ省吾を連れて逝くな──。 「人がいます!すぐ救助活動に入ります!」 ドクン──、と楓の鼓動が跳ねた。 どうして嫌な予感というのは、こうもことごとく的中してしまうのだろう。

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