28 / 35
第28話
とてもではないが曲を弾くのは無理だと判断した省吾は、蓋を完全に下ろした瞬間、バキ──、という音が聞こえ、慌てて玄関の方を振り返った。
燃えている──?
火事だと理解するのに数秒を要した。
逃げなければ、と危機感を抱くまでに、更に数秒を要した。
だが、このままでいいと開き直ることは一瞬でできた。
峰島の命日に火事に遭遇し人生を終えるなんて、出来過ぎた話だなと、少しばかり口角を上げる。
省吾は丁度いいとばかりに、スーツのポケットに入れていたパスケースを火の中に投じた。
やたらと消防車が通り過ぎる音が近いなと、楓は下ろしていた瞼をすっかり開き、まだまだ眠気の残る頭でカウンターから顔を上げた。
相田はサイレンが気になるのか、裏口から外の様子を見つめている。
「楓、ちょっと来て!」
「何だよ?」
「あの辺りって、省吾君の家があるんじゃないかって思って!」
「──っ!?」
楓は急いでカウンターから立ち上がると、厨房内に入って裏口に回り、相田を押しのけて外に出る。
そして煙が上がっている方角を見て、愕然とした。
「燃えてんの、省吾の家っぽい!まだ帰ってねーだろうけど、ちょっと見てくる!」
「ちょっと、楓!?酔ってんのにそんなに走ったら、吐くよ!?」
「どうでもいーわ!!!」
楓は脇目もふらずに全速力で走った。
省吾はもう帰宅しているのだろうか。
チラッと腕時計に目を落とすと、既に午後6時を回っている。
帰宅しているかどうか、微妙な時間だなと思うが、走ることをやめられない。
きっと理屈を考えるよりも、本能で動いているからなのだろう。
徐々に消防車がはっきりと見え始め、人垣ができている様子が見えた。
楓は「すいません、通してください!」と喚きつつ、人垣をかき分けて最前列に出る。
そこには消防士が立っていて、「この先の安全確認がとれていません!」と楓の行く手を阻んだ。
「知り合いが……中にいるかもしれねーんだ!」
何てことだ、火は赤々とアパート全体を囲んでいて、消防車から放出される消火剤をかけられても、まだ燃えている。
「お知り合いは何階に住んでいらっしゃるんですか?」
「1階です。そこの……角部屋です!」
楓が省吾の部屋を指差すと、消防士は同僚に声をかけ、その部屋に誰かいるかどうかを確認するよう告げた。
どうか省吾がまだ帰っていませんように──。
火は室内にまで入り込んでいて、作業中の消防士が省吾の部屋の中に消火剤を撒き散らし始めた。
峰島、まだ省吾を連れて逝くな──。
「人がいます!すぐ救助活動に入ります!」
ドクン──、と楓の鼓動が跳ねた。
どうして嫌な予感というのは、こうもことごとく的中してしまうのだろう。
ともだちにシェアしよう!