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第29話
「省吾!」
楓は痺れを切らして消防士の隙を突き、一歩近付くごとに熱風が吹き付ける場所へと足を踏み入れた。
「ちょっと君!?」
慌てた消防士の声が聞こえるが、そんなことはどうでもいい。
この目で省吾の無事を確かめなければ、生きた心地がしない。
「生きてろよ……ここが焼けちまってんだ、今度こそ一緒に住むんだ」
だがそれもこれも、省吾が無事だったらの話だ。
無事でなかったら、どうしたらいいのだろう。
まだ愛していると伝えられていないのに、悔いが残ること請け合いだろう。
省吾──!
楓の声が聞こえる。
相変わらずうるさい人だ、永遠の眠りに就く前くらい、静かにできないものなのか。
熱くて肺が焼けてしまいそうな中、辛うじて意識を保っていた省吾は畳に突っ伏し、銀座で買い求めた包みが燃えてしまわないよう、両手で包むようにして守っていた。
それにしても、どうして自分は燃えないのだろう。
こんなに熱いのに、身体に飛び火しているような感覚がない。
煙たい中、少しだけ目を開いて自分の上を見れば、ちょうどステンレス製の安物の本棚がピアノの蓋の上に斜めに倒れており、幸か不幸か省吾の身を守ってくれていた。
死ぬなよ、省吾──!
死ななかったら、楓はちゃんと笑ってくれるのだろうか。
今朝目にした哀しい表情を見せることなく、生きてここから脱出した省吾を温かく迎えてくれるのだろうか。
まだ伝えてねーことが山ほどあるんだ──!
楓は必死に救助活動をする消防士の背後から、省吾に向かって声を荒げていた。
これ以上進むのは、後ろから別の消防士に羽交い絞めにされているので、できそうにない。
でも声をかけ続けていれば、きっと省吾の耳に届くはずだ。
「省吾、テメー、こんな日に死にやがったら……俺が許さねーからな!」
涙が頬を伝う。
ポロポロと音を立てて、次々と瞳から溢れ出す。
省吾も大切な人を失った時、こんな気持ちだったのだろうか。
やり場のない怒りと喪失感を抱え、抗えない現実を前にひれ伏すことしかできなかったのだろうか。
「今ならお前の気持ちが分かる!だから嫌いだなんて言わねーし!」
夢か現か幻か。
省吾には今聞こえている楓の声が、どうしても現実のものだとは思えなかった。
これはきっと今にもあちらの世界に逝こうとしている自分が、聞きたいと願っている台詞に違いない。
楓の記憶が脳内に呼び覚まされ、幻聴を引き起こしているのだろう。
「楓さん……もし生きてそっちへ戻れたら……ちゃんと俺の気持ち……伝えるから……」
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