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第31話
省吾が意識を取り戻したのは、それから1時間後のことだった。
見慣れた天井が視界を占領し、背中が柔らかい何かに当たっているのが心地良い。
そう言えば、さっきまで火事でとても苦しい思いをしていたが、あれは夢だったのだろうか。
それとも火事で死んだ自分が、別の世界に来てしまったのだろうか。
「省吾、目覚めたか?」
「っ!?楓……さん……?」
そうか、どこかで見た天井だと思ったら、楓の家のそれだったのかと思い当たった。
それにしても、アパートにいたはずの自分が、どうしてここにいるのだろう。
「お前、危うく死ぬとこだったんだぞ!なんで逃げなかった!?」
楓が怒り心頭なのは、逃げる時間があっただろうにそうしなかった省吾自身のせいだった。
これはここに省吾を運び込む際に消防士が言っていたことなのだが、恐らく玄関から火が入ったはずで、すぐに火の手が迫っていることには気付けていただろうということだ。
だから、省吾はその気になれば逃げられた、という理屈だ。
「なんでかな……死ぬっていうなら、それも悪くないって思えた……」
「残された俺がどうなるとか、考えなかったのかよ!?」
「今朝のあのやり取りがあったのに、楓さんがどうとか考えられるはずがない……」
「っ!?」
一発ぶん殴ってやろうかと身構えた楓だが、その寸前で省吾が身を起こし、ソファの前に置かれたガラスのテーブルの上にある小さな紙袋に手を伸ばしたので、拳を振り上げても当たらなかった。
「よかった……これだけは守れた……」
「何だよ、それ?お前が大事そうに持ってたって消防士さんが言ってたけど」
省吾はしばし楓と包みを交互に見つめていたが、やがて観念したとばかりの表情で、包みを楓へ差し出した。
「何だよ?」
「開けろって」
楓は仕方なく小さな紙袋の中から更に小さくて、青いリボンを施された小箱を取り出す。
そしてリボンを紐解き、包装を解いて小箱を開けるなり、あんぐりと口を開いて間抜け面を晒した。
「これ……」
「俺は口下手なんで……それで想いが伝わればって……名前も彫ってもらってある」
楓は紫紺の箱の中の銀色の指輪を取り上げ、それを目の前に掲げて「KAEDE」と彫ってあるのを確認すると、そのまま驚きの目で省吾を見つめた。
「お前、これ……」
「指輪に名前彫ってもらうのに、どのくらい時間かかるか分かんなくて……だから今日店を休んだ」
「違う、そうじゃなくて、金!大して贅沢な生活してねーし、ピアノ弾ける防音の部屋に引っ越したいって言ってたクセに、なんでこんな高価なモン買ってんだよ!?」
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