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第6話

メールになっても僕は変わらなかった。気持ちを伝えることが出来ないなんてことは分かっているから、せめて先生と少しでも長く会話をしようと毎日のように連絡した。 都合よければ、と言ったように、先生は返信をくれるときもあればくれない日もある。 返信がなくてへこまなかったかと聞かれれば快く頷けはしないけれど、でも、先生の負担になるわけにはいかないから、そうやって示してくれるのは有り難かった。 そう、僕は変わらなかった。変わっていないつもりだった。趣味のことを話して、新しくできた友達のことを話して。 『まだ恋愛には興味ないの?』 だからふとした瞬間に、先生のメールの中に色恋関係のものが混じってくるのが苦手だった。何もかも見透かされて、早く他の人間に恋をしろと言われているような気がした。 『先生の若い頃とは違って僕はモテませんから。いいんです、この三年間でちゃんと彼女できる予定なんで』 『別に俺もそんなにモテてなかったけどな。あぁでも、そういえばお前は男に興味があるんだっけ?』 『そうですけど違います!僕は見たり読んだりするのが好きなだけであって、当事者になりたいんじゃありません。そこの線引きは大事ですから!』 だから上手くかわして、趣味の話に持っていったつもりだった。それでも、先生は軌道修正を仕掛けてくる。それはもう、予想外すぎる返信で。 『そっか、残念だな。俺、お前とならありなんだけどね』 その意味が分からなくて、分かるのだけれど自分が都合よく解釈しているのではと思って。何度も何度もその文字を凝視する。 でも文字は当然、その形を変えることはない。 ほんとに……? だってその意味するところは、もしかしたら僕の想いが通じるかもしれないってことだ。 そんなの、絶対に有り得ないと思っていた。 『それって、それって先生が僕のことを好きってことですか?』 そう送りそうになって、やめる。もしそうだって言われたらどうすればいい?僕も好きだと伝えて、でもその先に未来はなくて。はい終わり、ってそんな簡単に割り切れることじゃない。そんな大事なことを、文字だけで終えるのは嫌だ。 だから……。 『先生お得意のナンパですか?生憎僕には効きませんよ。それに、そんなの冗談でもダメですって。奥さんが悲しみます』 心の中では否定して欲しくて。それでも僕のことが好きだって言ってほしくて。でもそれに返すのは怖くて。色んな気持ちが、ぐるぐる巡る。 嫌だ。怖い。この関係は、変えたくない。 『はぁ……既婚者でも好きになっちゃうことはあるみたいだよ。お前みたいに、まだ恋がなんなのか分からないようじゃあ、どうしようもないけどさ』 あぁ、これは怒らせたかも。なんて雰囲気が文面から伝わってきて。でもその理由が、僕がはぐらかしたからなら嬉しいと思ってしまう。 でも、先生は間違ってる。僕はちゃんと、先生のことが好きなんだって自覚している。 『確かに潜在的には先生のことが好きなのかもしれません。でもそれは、一種の憧れの可能性も高いじゃないですか』 そう打って、自分が何をしたいのかも、何を言っているのかも分からなくなる。 ここまで先生が言ってくれているのに、自分から「好き」だと言うのは怖かった。 先生は優しいから、僕の自己肯定感を高めるために言ってくれているだけかもしれない。 先生は少しいじわるな所があるから、タチの悪い冗談なのかもしれない。 『潜在的なんて、また回りくどいと言うか、素直じゃないと言うか…自分でもよく分かってないのか?』 その質問に、応える指は動かなかった。

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