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第52話
この人と一緒に生きていくと決めた彼の番は、今、彼の傍にはいない。彼が病床にある事も知らない。
菫と初めて出会った時には既に番は一緒にはいなかった。菫と番った相手は藍と同じようなαの一族で、周囲の反対を押し切って番になった。
駆け落ちをしてひっそりと暮らしていた二人は、αの彼が自宅から出なくても出来るデイトレーダーをしながら目立たない様に生きていた。
最初のうちは上手くいっていた。デイトレードも順調にいき、それなりの貯蓄も出来た。成功していくうちにαの血が疼いたのか、もっと手広く事業をしたいと感じ始めた番に菫は「ダメだ」とは言えなかった。
上昇志向の高いαにいつまでもひっそり暮らすなんて出来ないと菫は分かっていた。だから彼の仕事を応援する事に撤した。
直ぐに彼の名前は知れ渡り、彼の両親の耳にも入り、彼はそのまま連れ戻された。
そうなる事は事業拡大の話をされた時に予想はしていた。反対しなかったのは、残りわずかな二人だけの時間を出来るだけ穏やかに過ごしたかったからだ。
彼が残していった事業をどうするかで彼の両親と一度だけ会った。彼はその場に来なかった。会うことを知らされていなかった。
一生、使い切れない額の手切れ金を渡され事業は彼の親が引き継ぐ事で話は纏まった。二度と彼に近付かない、連絡を取らないと誓約書も書かされた。
番と離れ離れになった菫は程なくして体調不良になり、発情しなくなってしまった。
それは、番が別の誰かと身体の関係を持った証拠だった。
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