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第55話
あの時、藍に告げた嘘の話を藍がどこまで信じたかは分からない。
藍の事だから真実かどうか調べさせているかもしれないし、永絆の嘘を見抜いているかもしれない。
嘘だとバレていても良かった。嘘をつく意味を藍が理解してくれているのなら。
周りの反対を押し切って番っても菫の様に離れ離れにされる事は目に見えていた。そしてある日突然、番を解消されてしまうのも。
その本心を聞きたくても二度と会わせてもらえない。
それでも次の番を見つける強さがあれば、藍と共に全て捨てて駆け落ちでも何でもする。けれど藍は運命の番だ。彼以外の番など二度と現れる事は無い。
「永絆、僕は君がこの先どうなるか見届ける事は出来ない。だけどずっと祈ってる。永絆にとって一番最良な未来が訪れる事を」
そう言って、細い指で永絆の髪を撫で梳き微笑む菫に、永絆はただ苦い笑顔を見せるしかなかった。
「僕と永絆は違う人間なんだから、同じ事にはなったりしないよ?」
永絆の頭を撫でる手は子供をあやすように優しい。
彼にとって永絆は子供みたいな存在なのだろう。Ωとして産まれ、番を作ったにも関わらず子供を残せなかった彼の短い人生の中で、永絆を保護して成長を見守る事が唯一の楽しみだったのだ。
もう長くない生命を前にして、もっと沢山、彼に甘えておけば良かったと悔やんだ。まだ体の自由がきくうちに色んな所に出掛けたり、彼が満足するまで自分の物を買ってもらえば良かった。
住む家を与えて貰っただけでも有り難かったのに、それ以上の事などして貰ったら罰が当たる気がして遠慮ばかりしていたけれど、それが菫の生き甲斐だともっと早くに気が付いていたら。
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