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第56話

「それでもオレは怖い。藍を失ったら生きていけない。それなら最初から手に入れちゃいけないんだ」  もしも藍と番になって、菫の様に離れ離れにされて番を解消されたら。  それだけならまだ我慢出来る。藍が幸せになっているのだと思って諦めがつく。  自分がもしも菫と同じ体質で、番解消によって生命が削られる事になったら……。 「菫さんの様に寿命が短くなっても、死ぬのは怖くないよ。藍のいない毎日なんて死んだも同然だもん」 「永絆……」  そう、死ぬ事が怖いんじゃない。  一人、死に至るまでベッドの上でそれを待つ日々も辛いだろうけれど耐えられる。  恐れているのは、一度番った相手を失う事だけだ。  もう二度と会う事が出来ないまま番を解消されてしまう事だ。 「番にならないで、このまま卒業するまでの時間、ほんの少しだけ関わらせて貰えたらそれでいい。藍は家を継いで手の届かない人になるから、だから今だけ」  近くに居すぎたらきっと番ってしまいたくなるから。運命に惹き寄せられて離れたくなくなるから。  少しだけでいい。廊下でたまにすれ違うくらいの、ほんの少しだけの関係で。 「永絆は欲がないよね」  菫がため息を吐きながら眉を下げる。 「欲は……あるよ、凄く。ただ、それは誰の為にもならない欲だから」  誰にも望まれない欲ならば、欲しては駄目だ。不幸にしかならない。 「欲ってのは、自分の為のものだよ。誰かの為のものじゃないよ」 「……でも」 「永絆」  ゆっくりと永絆の頭を撫でながら、菫は瞳を閉じてふぅ、と息を吐く。 「君は幸せにならなきゃダメだよ」 「菫さん……」 「大丈夫。僕が祈っててあげる。永絆の幸せをずっと、ずっと」  魔法をかけるように温かい言葉で、菫は何度も「大丈夫」と繰り返し囁いた。  菫が疲れて眠りにつくまで、頭を撫でられながら永絆はその魔法の言葉を心に染み渡らせていた。

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