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第58話

 冷たく感じた風があっという間に湿気を含んだものに変わり、不快感で顔を顰めていると携帯が鳴った。  画面には菫の家の住み込みのヘルパー兼家政婦からだった。 「もしもし」  じんわりと汗が額から落ちていく。  蝉の声が何処か遠くで鳴いている。  鼓膜の裏にずっと張り付いて消えない鳴き声に目眩を覚えた。    その日、菫は一度大きく息を吸ったかと思うとそのまま二度と呼吸をする事は無かったと後にヘルパーから話を聞いた。  葬儀はせず、菫はすぐに火葬され自ら建てた小さな墓に納まった。  永絆は墓前でじっと立ち尽くして線香が短くなっていくのを見ていた。  菫の死に顔はとても安らかだった。今にも目が覚めて笑ってくれそうな、そんな優しい顔をしていた。  先が長くない事は分かっていたのに、こうして墓の前にいてもまだ夢を見ている様だった。  菫が生前に遺した遺言状には、葬儀はしない事や火葬後は早めに墓に納骨する事、住んでいた家の事など細かく指示されていた。  そのお陰で哀しみに浸る暇もなく、明日からは菫の家にある荷物の片付けが待っている。荷物と言っても元々、菫の部屋には必要な物以外は何も置かれていない。ベッドと窓にかかるカーテン、ベッドサイドの小さなテーブ

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