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第60話
藍が自分を金でどうこうするつもりがない事は分かっている。そのつもりだったらとっくにやっていただろう。
藍はずっと、永絆の気持ちを優先してきた。力強くでどうにかしようとはしなかった。
「……思ってない」
長い溜息を吐いて、藍がまた一歩、永絆に近付いた。
もう手を伸ばせば届く距離まで来ると藍から漂う甘い香りに張り詰めていた糸が緩んだ。
何かに縋り付きたいと一度思ってしまうと我慢が出来なくて、藍に手を伸ばしスーツを握りしめ胸に体を預けた。
この数日、線香の匂いばかりだったせいか余計に今日の藍の香りは甘く感じる。
胸いっぱいに吸うと、菫が息を引き取った後も泣かなかったのに急に込み上げてくるものが喉の奥を詰まらせた。
そっと、回された藍の腕の中で永絆は声を上げて泣いた。
「菫さんっ……」
とても大切な人だった。
Ωというだけで実の家族に捨てられ絶望していた永絆を闇から引き上げてくれた光だった。
同じΩだから何でも相談出来た。藍との出逢いも相談した。
彼がいたから生きてこれた。頑張って大学まで行って、卒業したら恩返しをするつもりだった。
運命の番の藍さえも差し置いて、一番に優先してきた。菫はそんな事は望んでいなかったけれど、自分がそうしたかった。
菫のお陰で自分の意思で人生を選択するという勇気を貰った。
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