61 / 199

第61話

「いい人だったんだな」  永絆の髪を撫でて、藍が呟く。その優しい声にまた涙が込み上げる。 「……オレは番を解消したりしないよ」 「……藍……それは……」  紫之宮でいる限り、番う事も無理だし例え番っても引き裂かれてしまう。そうなれば菫の二の舞だ。 「絶対しない。約束する。もし誰かに引き裂かれても、お前以外と番ったり抱いたりしない。絶対だ」  菫のようにはなりたくなかった。ただ一人の番を思い続けて死んでいくくらいなら、番うこと無く思い続けていたかった。失くした時の痛みが少なく済むと思っていたから。  だけどもう、そんな事はどうでもいい。 「藍……」  どんなに否定しても、拒んでも、彼には通じない。それなら傷付くのを承知で全て受け入れ、深みにはまってしまいたい。 「なぁ、うちに住まないか? 部屋は余ってるし、傍に居てくれたらオレも安心するから」 「急すぎるよ……」  真剣な顔の藍を見上げて、泣きながら苦笑した。  αの性分なのか、欲しいものがあれば直ぐにでも手元に置こうとする。それだけ求められていると思うと嬉しい反面、飽きてしまえば捨てるのも早そうで不安になる。 「今の部屋は……菫さんが大学卒業までの家賃を払ってるから出るのは無理だよ。それに菫さんとの思い出がいっぱいある部屋なんだ。簡単に手放せない」  まだ元気だった頃にはよく顔を見せに来てくれた菫。流行りの洋菓子店でケーキを買ってきてくれたり、面白いからと漫画を大量に持ってきたり、彼はまるで子供のように気紛れに遊びに来ては帰って行く。

ともだちにシェアしよう!