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第64話
誰からも永絆個人を求められなかった。
両親は実の子でも永絆を捨てた。菫はΩだから大切にしてくれた。
でも藍は、αもΩも運命も置いておこうと言った。今まで誰からも言われなかった、求めていた言葉。
「永絆……永絆が好きだ」
永絆の額に口付けて、優しく囁く声に耳を傾ける。
「永絆が、好きだ」
鼓膜から浸透していく、藍の嘘のない言葉にひとすじ涙が零れた。
頑なに閉ざしていた心が溶けていく。複雑に絡まった糸が解けていく。
真っ更な新しい、素直な感情が藍で満たされていく。
「藍……」
藍の首に腕を回して、解けた心のままに気持ちを口にした。
「連れてって」
ここではない所、何処でも構わないから。
藍を一番近くに感じられる場所へ。
「藍の傍に居たい」
抱き上げられて菫の墓を後にする。
藍の腕の中で揺られながら墓を見ると、そこに菫が立っている幻が見えた。
菫は優しい笑顔を永絆に向けて、小さく手を振っていた。墓が見えなくなるまでずっと。
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