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第66話

「初めて会った時、永絆は凄く怖がって噛まないでって震えてた。あの姿が今も目に焼き付いてるんだ」  永絆をベッドに座らせると一度部屋を出て行った藍はペットボトルを二本持って戻って来た。そのうちの一本を永絆に渡すと、キャップを開けてゴクゴクと豪快に飲む。永絆もペットボトルを開けると二口程飲んでキャップを閉めた。 「オレは、あの時に誓ったんだ。永絆が嫌がる事はしない。傷付けたりしない。怖がらせないって。――でもお前はオレの行動に傷付いてたんだな」  あっという間に空になったペットボトルをローテーブルに置くと、永絆の隣に腰を掛ける。二人の距離は、少しだけ空いていてそれが今の二人の心の距離なんだと永絆は思った。  準備室の扉の様にお互いの姿が見えない訳ではない分、その距離が切なく感じた。 「永絆、触れてもいいか?」  永絆の前に差し出された手は宙で居場所を求めて彷徨う。  コクリと頷くと躊躇いがちに指先が永絆の頬に触れる。髪を柔らかく撫で、また頬に触れてそのまま顎へと流れる指先。  口唇を藍の親指がなぞれば、引き結んでいた口が小さく開く。  あの日、キスを拒まれ打ちひしがれた。藍は番うつもりはないのだとショックを受けた。  藍の行動、全てが初めて逢ったあの時、永絆が震えて怯えた事を配慮しての事だと知った。  いつも、藍は自分の気持ちを優先して行動してくれていたんだと思うと今まで不安定だった気持ちがどこかに消えてしまった。  今はただ、優しい口付けを交わしてすれ違っていた時間を埋めたかった。

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