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第73話

 酷く疼いて求めていた欲望が嘘のように消えてしまった。  ただ薬が効いているだけなら問題はないのだけれど、この数ヶ月で体質がどんどん変化している事に永絆は不安を感じていた。 「思い切って発情期中に藍の家に泊まってみたけど、藍はオレが発情期だと気が付いてなかったみたいで……。これって、いい事なんですか?」  自分の身体の事なのに理解出来ない変化ばかりでどうしたらいいのかわからない。  このまま発情期が来なくなって、βと同じ様になるのではないか。そうなると運命の番はどうなるのか。項を噛まれても番えなくなるかもしれない。 「はっきりした事は言えないけど、薬が効きすぎているのか若しくは副作用で体質に変化が出たか……。体調が悪くなったりはない? 目眩とか動悸とか。薬か関係しているなら処方をし直した方がいいかもしれないからね」 「体調は悪くないです。むしろ前より良く眠れる様になったし、凄く不安定だった感情も落ち着いてます。藍の傍に居るようになって、今までで一番安らげてます」  その言葉に嘘は一つも無かった。  菫を喪った哀しみを癒してくれたのは藍の温もりだったし、藍の家の問題や番になる事の障害が解決した訳ではないけれど、そんな不安を藍からの愛情が和らげてくれる。  今が一番、幸せだと感じている。 「もう少し様子を診てみよう。発情期が来ている感じはあるみたいだし、それすら感じられなくなったら一度薬をやめて詳しく検査してみよう」 「はい」 「何かおかしいと思ったらいつでも連絡してね。今は藍と一緒にいる事で安定してるみたいだし、それはとてもいい事だと僕は思うよ」  メガネの奥から目を細めて笑う中根に永絆もホッとして息を吐いた。  まだ一緒にいれる。まだもう少し、一緒に。  あとどのくらい一緒に居られるだろう。そんなに沢山の時間はないと思う。  お願いだからもう少しだけ一緒にいさせてほしい。出来ることなら番わせてほしい。叶わない願いなのはわかっているけれど。  もう少しだけ、藍の傍で番の真似事をさせてほしい。ほんの少しの時間でいいから。

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