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第93話
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鏡の前で首の痕を見ながら触れてみた。
あの日、くっきりとついていた噛み跡は時間が経つにつれて薄れていき、痛みもなくなった。これが発情期での行為だったなら噛み跡だけが残っていつまでも消えない。消えていくという事は番になっていないという事だ。
そんな事は分かっていた筈なのに痕が消えていくのが哀しい。何故あの日発情期じゃなかったのだろうと思ってしまう。
「発情期だったら抱いてくれなかったかもね……」
鏡の中の自分に呟く。
抱いて欲しいと懇願しなければ藍は抱いてはくれなかった。焦れったいキスをするだけの微妙な関係のままだったはずだ。
身体を繋げたあの日から一週間、藍の箍が外れる事はなく、一緒のベッドで眠っても以前と同じ様にただ包み込む様に抱きしめて眠るだけ。
藍は後悔しているのかもしれない。運命の番を実際に抱いて興味が薄れてしまったのかも。そんなネガティブな考えばかりが浮かんで、藍の腕の中にいても不安だけが募る。
好きな人と一緒にいるのに。こんなに近くで触れ合っているのに。
どうして満足出来ないのだろう。どうして心から笑えないのだろう。
番になれない事にまだ自分は未練があるのだろうか。諦めると決めたのに。藍の将来の邪魔はしないと誓ったのに。
こんな気持ちのまま、藍から離れるなんて出来るのだろうか。無理やり引き剥がされでもしない限り、藍の傍でダラダラと過ごして生きていきそうで怖い。藍だけに依存して生きていくなんて、そんな事は出来ないのに。
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