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第94話

 菫が生きていたら良かったのに。あの人に話して頭を撫でてほしかった。生きていたら今の自分に何て言葉を掛けるだろう。きっと怒ったりはしない。ただ優しく微笑んでくれる。永絆の思うようにしたらいいよ、と言ってくれる。  いい加減、誰かに頼らないで生きていかなければいけないのに。まだこんなに弱い。何事にも動じない強さがほしいのに、藍と出逢ってから弱くなる一方だ。それだけ藍の存在が永絆の中で大きくなっている。  藍がいないと、ダメになってしまっている。藍が自分の全てに。  ため息を吐きながら藍のマンションを出て大学へ向かう。藍は朝一から講義があるから先に大学へ行っていた。お昼に一緒にご飯を食べる約束をしているから、これから受ける講義が終わったら連絡を入れようと考えながら通い慣れてきた道を歩く。 「ねぇ、そこの貴方!」  いかにも女の子らしい鈴のような可愛らしい声が道端に響いて永絆は足を止めた。今この付近にいるのは永絆だけで、恐らく自分に声を掛けたのだろうと思ったからだ。  声がした後方に振り返るとフワリとしたワンピースに身を包み、長い髪をクルクルと器用に巻いて揺らす大きな瞳が印象的な少女が立っていた。 「貴方、永絆さん?」  ヒールの高い靴をカツカツと小気味よく鳴らしながら近付いてきた少女に永絆は少し躊躇いだ。可愛くていかにも美少女といった顔立ちとそれに見合った可憐な服装にも関わらず、少女の気の強さが滲み出ていた。

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