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第116話

 無性に菫に会いたくなって花を活けた後、墓石に触れた。骨壷が納められているだけの冷たい石の感触にまだ菫を喪った喪失感が消えていないのを実感した。 「永絆」  不意に呼ばれた名前に振り返る。  一番会いたくなかった相手が花束を持って立っていた。 「藍……」  藍は永絆から視線を外し、墓の前まで来ると持っていた花束を墓前に置いた。永絆が既に活けた後の花を見て、その花に手を伸ばすと花弁を一つむしり取った。  ここに藍が来る事を全く予想していなかった訳ではない。けれど大学の講義がある時間ならば鉢合わせしないと思っていた。  藍が本気で自分に会いたいと思っていれば家を訪ねて来るだろうし、他にも会う方法はいくらでもあったから。 「永絆」 「……なに……?」  永絆を真っ直ぐに見る藍の目は少し怖いくらいで、むしり取った花弁を風に舞わせた手がこちらに伸びてきたのを肩をビクつかせて構えてしまった。  藍を怖いだなんて思ったのは初めて逢ったあの日、無理やり犯されそうになった時だけだ。あの時は藍の理性が勝って最悪の状況は免れた。 「まだ」  伸びてきた手は永絆の首筋をなぞり、項へと回された。  項に触れられた瞬間、ゾクリと全身に寒気が走り凍りついたように動けなくなった。 「アイツとは番ってないな?」  低い声で言われ、永絆は小さく頷いた。

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