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第119話

 高層マンションだと分かったのはエレベーターの階数表示と、エレベーターを降りた先にあったいくつものドアに付けられた無記名の表札からだった。  藍に引っ張られて一番奥の部屋のドアの前まで行く。どの表札も全て無記名でこの階に人が住んでいるのか分からなかった。  藍が鍵を開けて中に入り、リビングへと続くドアを開ける。そこには家具は一つもなく、人が住んでいる様には見えなかった。  更に奥にあるドアへと引っ張られて中に入る。抵抗する事も忘れて藍のされるがままに動く自分に躊躇った。自分から離れたくせに今一緒に居れる事が、不安より勝っていた。  奥の部屋は寝室で、何故かこの部屋にだけ家具が置かれていた。家具と言っても真新しいベッドが一つだけで他には何も無い殺風景な部屋だった。 「藍、ここは何なの?」 「今日からオレ達はここで暮らす」  永絆から取り上げた携帯を手にすると電源を落とした藍。そしてそれをフローリングの床に落とした。  カシャンと無機質な音が部屋に響く。壊れはしなかったが拾い上げる事はやめておいた。部屋が殺風景なせいか寒さを感じていた。 「暮らすって……大学は? それにオレは藤と……」 「永絆は」  永絆の言葉を遮って藍は永絆の頬に触れた。藍の目があまりにも哀しそうに見えて動けなかった。 「どんなにオレが永絆の不安に感じている事を取り除いても……望む事全てを叶えても……オレから離れようとする」 「それは……」  藍が必死で番になれるように動いていた事は知っている。本気で番うつもりだったのも。だけど藍には紫ノ宮がある。跡を継がなければいけない。そして子孫を残さなければいけないのだ。

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