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第140話

 菫の遺した遺言状には家の権利を長年付き添ってくれたお手伝いさんに譲る事と、残っている財産全てを永絆に渡す事が書かれていた。菫には他に家族はなく、遺言状通り財産は永絆に託された。  家は売却する事になった。お手伝いさんが一人で住むには広過ぎて、管理もしきれないから。思い出が沢山詰まっている家を売却する事にお手伝いさんは泣きながら永絆に頭を下げ謝った。お手伝いさんも菫の事が大好きだったから、家を手放す決断は辛かっただろう。  人が死んでいくという事の重さを、思い知った。 「でも、今回の事はそれとは別の話です……。ずっとあそこで一緒にいられるなんて思ってなかった。いつか見つかると思ってた。だから、これが引き際だって分かってます」  充分、愛された。そして、充分愛した。  何もかも、面倒な事全て忘れて抱き合った。 「……番にはなっていないのか?」 「それは……」  首の回りだけではなく、身体のあちこちに噛み跡が残っている。しかし一緒に過ごした一ヶ月半の間に発情期らしきものを感じる事はなかった。 「なってないです、きっと。だから後は、オレが消えるだけ」  あの閉鎖された時間と空間の中で、お互いを毎日確かめあって深く心も身体も繋がったけれど、番にはならなかった。発情期が来ないといくら噛んでも、何度抱かれても番は成立しない。何度も精を中に放たれたけれど妊娠もしていないだろう。  きちんと検査を受けた訳ではないけれど、他でもない自分の身体の事だ。番になっていたら気が付くはず。

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