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第170話
それまでのゆったりとした気分が一瞬で凍り付く。フラリと体を揺らした永絆を慌てて支えると小さな二人がけのソファに横にさせる。
「永絆、心配しなくていい。俺は何処にも行かないから」
「うん……」
玄関を開けに行った藍の声を横になったまま聞いていると、低い声で言い争っているように聞こえた。心配になって起き上がると、ふらついて転ばないように壁を支えにしながら玄関へ向かう。
「だから、帰らないからっ」
「まずは客人をもてなしてはどうだ? 話はそれからだ」
冷静さを失っている藍と、何を言われても気にもとめていない藍の父親の冷めた表情。
思わず腹部に触れて優しくさすった。どうかこの不安がこの子に伝わらないようにと。
「藍……ご近所さんの迷惑になるから入ってもらったら?」
どちらもひく様子がないと思い、永絆から提案をする。父と子の視線がこちらに同時に向けられて、その目がとても似ている事に気が付いた。
初対面の時は感じなかった。あの時はただ深い悲しみに足下が崩れていきそうで必死で堪えるしか出来なかった。
渋々といった顔で父親を部屋に上げると、最低限の物しか置いていない部屋を見渡し父親はため息を吐いた。
今まで藍が暮らしてきた豪邸と比べたらレベルが違いすぎてため息が出るのも仕方がない。しかしこれが今の藍の全てだ。
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