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第8話

 細い腕で永絆の上体を起こすと水の入ったペットボトルにストローをさして永絆の口元に近付ける。  喉がカラカラに乾いていた永絆は黙ってストローを口にし、水を飲んだ。 「僕は藍の家の主治医の中根《なかね》元《はじめ》と言います。これでも一応医者です」  その頼りなげな雰囲気は医者には全く見えなかった。  メガネとマスクで顔がしっかり分からないが、声のトーンは若い。医者というより学生と言った方がしっくりくる。 「藍に呼ばれて君の様子を診に来ました。僕は第二性の研究もしてるので君の力になれると思って」 「……力に?」  やっと出た声は掠れていた。泣き過ぎて水分を摂ったくらいじゃ喉の痛みは治らない。 「君、今日大学でヒートを起こしたよね? それで抑制剤を飲んだ」  藍から説明を受けているのだろう。永絆は黙って頷いた。 「でもまたヒートを起こした。藍の傍に近付こうとして」  もう一度頷くと中根は一つ息を吐いた。 「それでまた抑制剤を飲んだ」  床に転がったままの抑制剤入りの瓶を拾って中根は永絆の身体をいとも簡単に抱き上げベッドへ運んだ。  細くか弱そうな中根からは信じられない行動で永絆は驚きを隠せないままベッドに横になった。 「運命の番なんだってね? 君と藍は」  それまで物腰の柔らかい物言いだった中根の声が急に厳しくなった。  この人も自分と藍の事を反対しているのだろうと感じて永絆は顔を俯かせた。

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