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第16話

 紫之宮《しのみや》という名前を聞けば誰しもが同じような事を答える筈だ。 『先祖代々αの血筋』 『幾つもの企業を手掛けている大財閥』 『αの中の絶対的存在』  藍がその紫之宮の直系の跡継ぎだと知ったのは噂好きの学生達が話していたのを聞いたからだ。  番にはなれないと分かってはいた。けれどまさか藍がそんな大きな家の人間とは思っていなかった。  どこかでほんの少しだけ持っていた希望が無惨に砕け散った。文字通り、粉々に。  だからもう、送迎なんていらないし誰に犯されてもどうでもいいとさえ思ってしまう。  それでもこうやって声を聞けば、構内のどこかで姿を見掛ければ、心が嬉しいと言って跳ねる。  懲りもせず、未だに藍が好きで好きでどうしようもない。  まるで底無し沼にはまったみたいに、日々募る思いに身動き出来ずに佇んでいる。 「近寄ってもいいか?」  一歩、藍の足が永絆に近付く。その足を見て思わず永絆は同じだけ後退った。  いくら人通りの少ない場所でもヒートを起こせば忽ちフェロモンが広がってしまう。そうなったら近くにいる人間が本能を剥き出しにしてやって来る。  もうどうにでもなれと思っていても、本当にそうなるのは絶対に嫌だ。藍以外を受け入れるなんて絶対に。  嫌だと思っていてもヒートを起こして理性を失えば誰に抱かれても関係ない。本能だけで腰を振り欲を求めるだけの獣になってしまう。 「ヒートになりたくない……」 「……オレは、お前に触れたい」  ぎゅう、と胸が締め付けられる。  触れたいのは自分だって同じだ。触れられるのなら今すぐ抱き締めて欲しい。  だけど、今ここでそんな事をする訳にはいかない。

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