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第21話
この扉があれば今、どんな顔で話をしているか知られる事も無い。
藍の事が好きで仕方ないという顔や、切なくて泣きそうな顔を見せる事もない。
手を握ったり、キスしたり、そんな触れ合いも出来ない関係なんてそのうち飽きる。藍の方から去っていくだろう。
「なぁ……オレに出来る事、何かないのか?」
心配する声に永絆は藍に気付かれない様に息を吐いた。
「藍は……お家を継ぐの?」
紫之宮というとてつもなく大きなαの一族の長に立つ人間。
当たり前の様に着こなしている服や身に付けている時計や鞄、靴に小物。同じ大学生が必死でバイトをしても手に入れる事は出来ない高価な物ばかり。
それを嫌味なく持ち、自分の一部にしている藍はやはり幼い頃からαとしての在り方を徹底的に教育されて育った。人の前に立った時のカリスマ性は自分が只のちっぽけな人間でしかない事を強く意識させた。
「まぁ……いつかは」
「そうだよね……」
直系の藍以外が跡を継ぐ可能性はゼロに近い。藍が不慮の事故でこの世を去るか再起不能の重体にでもならない限りそれは覆る事は無い。
紫之宮という一族は直系以外を跡継ぎとは認めず、万が一にでも後継者争いが起こり藍の生命が脅かされる事態になったとしても親戚に跡目が回って来る事はない。
それはずっと続くα一族である紫之宮家の変わる事のない掟。もし跡継ぎに何かあった場合、紫之宮家はその莫大な財産を全てあらゆる慈善団体に寄付をし、一族を離散する事になっている。
それが後継者争いを起こさない為の昔からの決まりであり、藍が家を絶対に捨てる事がないという事実だった。
藍は家を捨てない。それは即ち、Ωである永絆とは番にはならないという事。
「だったら出来る事は一つだけ。今まで通りここでこうやって他愛もないお喋りをする事」
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