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第29話
中根の言葉に永絆は藍の顔を思い浮かべた。
もう長い事、ちゃんと目を見て話してない。あの日、初めて出逢った時に見つめあった彼の表情ばかりが強く印象に残ったままで再会してからどんな顔をして自分を見ていたのかはっきりと思い出せない。
「その目でちゃんと見て。藍の表情や仕草、何を感じて何を思っているのか。触れて、しっかり確かめたいって思わない?」
壁越しではなくて目の前で。
藍に触れて、藍に触れられて。
理性を崩すこと無く、そばにいられたら。
「オレは……藍に触れたい……」
たった一度だけ交わした優しく切ない口付けが忘れられずにいる。思い出すだけで、唇が熱をもつ拙い口付け。
ヒートで理性を失った状態ではなく、お互い思い合った状態で彼の熱を感じたい。
番だからではなく、永絆という存在を認めてほしい。
その為にはこちらから歩み寄らなければならない。避けてばかりいては藍はすぐに遠くへ行ってしまうから。
「……検査、受けます。よろしくお願いします」
中根に頭を下げると、初めて会った時の様に頭をポンポンと軽く叩いてくれた。
「こちらこそよろしくね。永絆くんの身体に負担を掛けるつもりはないからね」
「はい……」
検査で何かがわかればいい。何でもいい。藍に少しでも近付く事が出来るなら。
何もわからなかったらどうしよう、という不安はあるけれど。
これが何かのきっかけになればいい。そしていつかは肩を並べて歩きたい。笑い合いたい。触れて、キスをして、抱きしめあって。
番になんてなれなくていい。ただ、藍が家を継ぐその時までそばに居て手を繋ぐ事が出来たならそれだけで幸せだ。
その幸せの分だけ、別れは辛いだろうけど。
誰とも番わないと藍に出逢う前から決めていたから、辛くたって構わない。そのくらいが丁度いい。
藍を思い続けながら、自分には運命の番がいたのだと思い出しながら後の人生を過ごすのも悪くない。
一生分の恋を、今しているのだから。
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