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第38話
階段を急いで駆け上ると息が上がって、心臓のあたりが苦しくなった。
後ろから足音が聴こえてくるのを確認しながら、永絆は準備室に駆け込んで扉を閉めた。
乱れた息を整えながら、扉の向こうに藍がやって来る気配を感じていた。
何故だかとても泣きたい気持ちになって、それをグッと堪えると深呼吸を一つした。
「永絆……?」
「……なに?」
「何で電話に出なかった?」
「藍からの電話でいい報せだった事がないから」
今だって本当は話を聞くのが怖い。その口からどんな辛い現実を突き付けられるのか。
「……中根から検査の事を聞いた」
扉に背中を預けて永絆はぎゅっと手を握った。
藍は中根からの検査結果を聞いてどう思ったのだろう。近付けばヒートを起こす厄介なΩだと、今度こそ見切りをつけたのではないか。
中根は藍を信じろと言ったが、藍を取り囲む全てがΩである自分を否定しているのにどうやって希望を見い出せばいいのか。
「それから、少しずつ慣らしていくって話も聞いた」
「……うん」
その話だって中根の仮説であって、絶対にそうだとは限らない。何回試してもヒートを起こす体質は変わらないかもしれない。
試す度にお互いの神経はすり減っていくのが予想出来た。理性を保つのはΩのフェロモンの前では難しい。藍に負担がかかるし、自分の身体にも良くはない。
中根が監視すると言っても、間違いが絶対に起こらない保証はどこにも無い。
それに、そんな姿を何度も中根にも藍にも見られたくなかった。発情した浅ましい姿など、醜いに決まっている。
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