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第41話
「当たり前にしてきた色んなことが出来なくなるかもしれないんだよ? 凄く貧乏になって、ご飯だって服だって送迎の車だって何にもなくなるかも。藍はその生活をする覚悟があるの?」
やっぱりそんな生活は無理だと、番ってから言っても遅い。周りが反対したのに聞き入れなかった方が悪いんだと笑われてしまう。
αのプライドがどれだけ高いかを考えたら、そんな生活は藍には絶対に無理だ。
「オレはもうとっくに覚悟は出来てるよ」
何の迷いもなく放たれた言葉に、涙が溢れた。
一体いつからそんな覚悟をしていたのか。避けてばかりいたから気付かなかった。
もっと素直に藍に心を開いていれば、もう少し早くこの扉を開けることが出来ていたのかもしれない。
「永絆……?」
今、この瞬間の藍の顔を見ないなんて、そんな勿体無いことは無い。
ちゃんと顔を見て、触れたい。
「藍……」
ゆっくりと扉の取っ手に手を掛けて少しだけ開くと、藍の甘い花の様な匂いが漂ってきた。
少しだけ開けた隙間から藍が覗く。その隙間に手を伸ばし、震える指先で藍の頬に触れた。
「永絆」
頬に触れた指先に、藍の手が重なる。
身体中の血液が忽ち沸騰するように熱くなる。
あ、と声を漏らした時には扉は大きく開かれ準備室中は藍の漂わせる花の様な香りでいっぱいになった。
自分の身体の内からも同じ花の様な香りが溢れてくるのを永絆は感じていた。
藍の手が永絆の頬に触れ、その輪郭をなぞるように指先が顎を伝う。
自然と顔を上げて藍を見つめた。むせ返る花の匂いにお互いの視線が交差すると顎をクイと指先で持ち上げられた。
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