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序章第3話

 あれはいつのことだっただろうか。  美術部の僕は、展覧会に出す絵を期間内に仕上げるため、校舎裏の木に寄りかかって、必死に色を塗っていた。目の前の景色は、野球部が使うグラウンドが広がり、そこに差し込む夕日がとても綺麗なことを知っていたので、その場所をセレクトして描いていたんだ。  ちょうど夕日の赤を、ぺたぺたと塗りたくっていたときに、人の気配がしたので見上げると、校内で遊び人と噂される先輩が真顔で、僕の絵を覗き込んできた。  ――コイツもしかして、ナンパしに来たとか!? 「……glowって感じの赤だな」 「は――?」  グローって、一体何だよ? 「赤熱しているっていうか。お前のその絵、綺麗だって思う。頑張れよ」  ぽかんとした僕は、先輩の去って行く背中を、ずっと見続けるしか出来なかった。 『可愛い』や『キレイ』は、僕の容姿に対する形容詞だと思っていたのに、先輩はこの絵を見て『キレイ』と言った。しかも僕自身をしっかりと無視されたのは、これがはじめてだった。  人と目が合うと何かしら必ず、身なりを褒められていたから。それが何だかえらく、悔しくて堪らなくて――  次の日、先輩と同じクラスの喜多川を呼び出して、さっそく調査したんだ。 「おーい喜多川、姫が呼んでるぞ!」  僕の通ってる男子校では、キレイ目男子のことを『姫』と呼ぶ伝統がある。女々しいと言われてるみたいで、あまり好きじゃないけどね。 「どうしたんだい、わざわざ教室に顔を出すなんて?」 「お前のクラスにいる王領寺って人、恋人いるの?」  二年の教室前の廊下に移動して、さっそく聞いてみた。 「アイツ、いろんな人と付き合ったり離れたり、見ているだけじゃ分からないんだ」 「そうか……思い切って、当たってみようかな」 「当たってみようかなって。西園寺くんまさか、王領寺のことを好きになったのかい?」  メガネをズリ下ろし、小さな目を大きく見開いて、僕の顔をじっと見る。 「好きっていうか気になる存在。何とかして僕に、夢中になってほしいなって思ってるんだ」 「何を考えてるんだよ、相手は男なんだよ。夢中にさせる、対象じゃないってば」  うわぁうわぁと、騒ぎまくる喜多川。先輩と同じ年とは思えない。 「男だろうが何だろうが、付き合いたいんだ、絶対に!」 「だっ、ダメだよ。家名にキズがついちゃうって。世間体がすっごく悪いよ、そんな行動」 「うっさいな! そんなモノ、放り捨ててやる。先輩と付き合えるなら、どんな噂話でも嬉しいね」  僕の一言に衝撃を受けたのか、黙りこんだ。 「西園寺くん……」  喜多川がぽつりと呟いた言葉を無視して、その場をあとにした。

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