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序章第4話

***  ちょっとだけ長くなってしまった髪の毛を、右手でかき上げながら先輩を捜す。  さっき喜多川を呼び出すのに、教室をぐるっと見てみたけど、その姿は見当たらなかった。  遊び人と噂されてる先輩――1年の僕が遠くから見る姿は、いつも違う人が隣にいて、人目を憚らずスキンシップをしていた気がする。  王領寺家は僕の家と並ぶくらい古くからの名家なのに、そんなことは知らないといった感じで、自由に振舞っていた。  僕の中にある常識を遥かに超えた人、是非ともお近づきになりたい。  昼休みには捕まらなかったので、放課後必死になって捜している最中、偶然階段の踊り場でその姿を発見した。 「あ、あのっ!」  先輩は僕の声に振り返り、階段の上からぼんやりと見てくれる。ネクタイを緩めてシャツの裾を出し、制服をちょっとだけ着崩してるアウトローな感じに、憧れずにはいられなかった。  頬が一気に熱を持つのが分かる。 「なに?」  チャンスは今しかないんだ、言わなくちゃ! この人に僕のことを、キレイって言わせてやる。 「先輩をずっと見てました! 好きなんです!!」  唐突な告白なのに、全然ビックリした顔をせず、瞳を細めて口元に笑みを湛えた先輩。 「別にいいけど。今、フリーだし。これから暇?」  先輩の問いかけに何度も、首を縦に振ってしまった。フリーっていうことは、恋人はいないってことだよね。何か意外…… 「俺ンち、来る?」 「えっ!? いきなりお邪魔して、いいんですか?」  ちょっ、このいきなりすぎる展開って、もしかして―― 「お前、俺の恋人になりたいんだろ? その意味、分かってるよな?」  その意味って、あのそれは、えっとアレのことだったり……それを考えただけで心臓が、早鐘のごとく高鳴る。  僕はこのあと先輩の家にお邪魔して、ヤってしまうことになるんだ。どうしよう、気持ちの整理がまだついてないよ。  ドキドキしながら俯くと、階段の上にいる先輩が下りてきて、そっと僕の頬に手を伸ばした。優しく撫でられる指先に、痛いくらいに胸が鳴ってしまう。 「すっげー熱くなってる。可愛いのな」 「せんぱ――」  開きかけた唇を塞ぐように顔を寄せ、キスをされた。 「…っ……////」  僕との初めてのキスなのに、慣れた様子で強引に唇をを割り、中に入ってくるやいなや、舌にぎゅっと絡ませる。  先輩が、僕の中に入ってる――  そう思ったら嬉しくなり、思わず腕を伸ばして先輩の首に絡めた。もっと近くで感じていたかったから。 「来いよ、もっと可愛がってやるからさ」  コクンと頷き先輩と一緒に、生徒玄関に向かったんだけど、いきなり跪き、苦渋の表情を滲ませながら、胸を押さえて苦しみだした。 「先輩、大丈夫ですか? しっかりしてください!」  僕の問いかけが聞こえているのか、何かを言おうと口を開いているけれど、喘ぎ声しか聞こえてこなくて、顔が真っ青になった瞬間、事切れたように意識を失う先輩。  ――どうしよう、先輩が死んじゃう! 「先輩っ、先輩!!」  ぎゅっとその身体を抱きしめてから、泣きながら職員室へ駆け出し、救急車を呼んでもらった。  そして先輩は、大学病院に運ばれた。重い病だったのか、学校を休学扱いで休むことになったと、喜多川がわざわざ伝えてくれたのだが。  お見舞いに行った大学病院には、既に先輩の姿はなく、ご家族の方に聞いても、知り合いの病院に入院していて、逢うことが出来ませんと、門前払いを食った。    まぁ突然僕が、王領寺家にお邪魔したのが、悪かったんだろう。昔から仲が良くない家柄だからね。 「だから言ったろう? 西園寺くんが顔を出しちゃ、ダメだったんだって」  とぼとぼと自宅に帰る道すがら、喜多川がほらみたことかと、生意気に意見してきた。 「しょうがないだろ、先輩のこと自分で知りたかったんだから。今、冷静に考えたら、同じクラスのお前を使えばよかったって、思いついたけどさ!」  足元に落ちてる小石を、思いっきり蹴飛ばす。残念なことにそれくらいじゃ、イライラは解消されないけど。 「せっかく付き合うことになって、キスだってしたのに。これからだったのに~~~っ」 「えっ!? 王領寺とキスしたの!? 男同士なのに……」  愕然とした表情を浮かべ、僕を見下ろす喜多川の視線――まるで珍獣でも見るような感じだ。 「ああ、したよ、思いっきりな。聞いて驚け、それこそベロチューだぞ」 「…………」 「何だよ、その顔は。気持ち悪いとか嫌なリアクション、思いっきりすればいいだろ」  落ち込んでる僕の気持ちを、これ以上落ち込ませるようなこと、喜多川が言うはずないって、古くからの付き合いで分かってるのに。  あからさまな態度につい、思ってもいないことを口に出してしまった。 「……お互い好きあっていれば、いいんじゃないかって思う」  ぽつりと告げられた言葉に内心ホッとしつつ、そっぽを向いてやる。 「だったら、そんな顔すんな。笑って祝福すべきだね」 「ごめん、いきなりな話だったから。それよりもどうやって王領寺のこと、捜すんだい?」  そっぽを向いた僕の顔を覗き込むように、わざわざ聞いてきた。 「奥の手を使うしかないだろ。父が使ってる探偵事務所の電話番号、お前、調べられる?」 「何とか出来るよ。やってみるね」  そして喜多川の手を借りて、探偵事務所に連絡し先輩の居所を調べてもらうことになったのだった。

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