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序章第5話

***  探偵事務所で先輩の行方を調べてもらったのに、無能なのか本当に行方不明なのか、一週間経っても連絡が入らなかった。 「――もしかしてすっごく重い病気で、海外じゃないと手に負えないから、日本にはいないんじゃ……」  先輩に逢えないだけで、こんなに気持ちが不安になるなんて、思ってもいなかった。目をつぶるとまぶたの裏に、鮮やかに浮かぶ。告白したときに見た、先輩の笑顔――  お昼休み、クラスで絡んでくるヤツがウザくて、誰も来ない校舎裏のジメジメしたトコで、ぼーっと先輩のことを、ずっと考えていた。 「……あっ! やっぱりここにいた、西園寺くんっ」 (――ひとりになりたいときに限って、どうしてコイツは現れるんだ)  笑顔で近づいてくる喜多川に、思いっきり眉根を寄せてみせた。 「何だよ、相変わらずとぼけた顔してさ」 「あんまり、ひとりでいないほうがいいよ。この間みたく囲まれたら、対処出来ないんじゃないかい?」  三日前にひとりでいたところを、二年生の上級生にとっ捕まって、どこかに連れて行かれそうになったところを、間一髪のタイミングで、喜多川が助けてくれた。 「別に僕が、どこの誰にヤられようと、お前には関係ないだろ」  喜多川に顔をちょっとだけ背けながら言ってやると、力なく首を横に振る。 「西園寺くんがキズつくところを、俺は見たくないから。今だって、すっごく辛そうにしてるしさ」  かけているメガネを、無意味に弄りながら、窺うように僕を見た。 「あのさ俺、学級委員でしょ。プリント溜まってきたから、王領寺の家に放課後、届けようと思うんだ。そのついでに、居所を聞いてきてあげるよ」 「マジで!? 絶対に聞き出せよ。何か理由つけてさ、無理矢理に聞いて来い!」 「分かった。聞いてきてあげるから、俺のいうことも聞いてほしいな」  うっ、喜多川のクセに生意気な…… 「何だよ?」 「校内では、ひとりでいないこと。いつでも俺が、駆けつけられるワケじゃないんだからね。お願いだよ」  念を押すように言われ、コクリと頷くしかない。僕の身体を心配して言ってくれてるのは分かっているんだけど、真剣に頼んでくる顔が正直、すっごく怖い―― 「分かった。これから教室に戻る」 「じゃあ送ってあげるね、行こうか」  渋々了承した声を聞き、ニッコリ微笑む喜多川。そういえば―― 「喜多川どうして僕が、ここにいるって分かったんだ?」  腕を組んで見上げると、メガネの奥にある瞳を細めて、 「西園寺くんは昔っから落ち込むと、暗くて狭いところに、隠れるのが好きだったから。校内でそういうところは、数えるくらいしかないからね」 「ふーん、把握されてたんだ。こわっ」  だからなかなか、ひとりきりになれないワケだ。でも改めて考えると僕は、喜多川が落ち込んだときに、どこにいるか分からない。知らないってことは、慰めることが出来ないじゃないか。 「あのさ、お前は落ちこんだとき、一体どこにいるんだ?」  僕の質問に一瞬ビクッとしてから、顎に手を当てて考え込む。  ――そんなに難しいこと、言ってないのに…… 「ほとんど西園寺くんが、隣にいるかも」 「は!? 何それ?」  喜多川のことを慰めた覚えは、全然ないぞ。 「う~ん。西園寺くんがいるだけで、勝手に解決しているからかも。可笑しいよね」 「なんだそりゃ。それってお前の悩みは大したことがないって、言ってるのと同じだぞ」 「そうかも。あはは……」  相変わらずとぼけた顔をし、大笑いする姿を見て、気がついてしまった。あんだけ落ち込んでいた気持ちが、喜多川の返答で、どこかにいってしまったこと。 「……これが、勝手に解決ってことなのか?」  それじゃあ僕の悩みも、大したことがないって示してるじゃないか、いかん! 「喜多川絶対に、先輩の居場所を聞いてこいよな。約束だぞ、僕はすっごく悩んでいるんだから!」  改めて念押しした僕を、仕方ないなぁという表情を浮かべ、じっと見下ろした喜多川。  念押ししたのが良かったのか、先輩が入院している病院が、この日のうちに分かったのに、呆気ない結末が待ち構えているなんて、このときは思いもしなかった。 『好きな人が出来た。だからお前とは付き合えない』  せっかく逢えた先輩の口から、信じられない言葉が告げられる。 『すっげぇ好きな人が出来たんだ。ソイツしか見えないし、心から大事にしたいって思ってる』  ――その好きな人って、誰なんですか?――  そう言いたかった。  僕を捨てて、その人を選んだってことは、きっとすごい人なんだろう。だけど先輩の好きな人に、簡単に負けるわけにはいかないんだ! 『僕も先輩のこと同じくらい、大事に想っています』 『どんなに想われても、迷惑なだけだから。諦めてくれ』  ――今、迷惑って言われた。 『……二番目じゃダメですか?』  ホントは一番がいいけど、傍にいられるのなら、それでもいいと思った。 『だけど、心は手に入らないんだぞ。一番近くにいても、一番遠くにいるんだ』  近いのに遠いって、全然意味が分からない。傍にいられるのなら、三番だってガマン出来るのに。 『話は済んだ。悪いけど疲れたから、出て行ってくれ。もう来なくていいから』  見たくないといわんばかりに顔を背けられ、ショックで瞳から涙がぽたぽたと零れ落ちた。 (どうして僕が、振られなきゃならないの?)  心はそればかりに、囚われてしまった――

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