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序章第5話
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探偵事務所で先輩の行方を調べてもらったのに、無能なのか本当に行方不明なのか、一週間経っても連絡が入らなかった。
「――もしかしてすっごく重い病気で、海外じゃないと手に負えないから、日本にはいないんじゃ……」
先輩に逢えないだけで、こんなに気持ちが不安になるなんて、思ってもいなかった。目をつぶるとまぶたの裏に、鮮やかに浮かぶ。告白したときに見た、先輩の笑顔――
お昼休み、クラスで絡んでくるヤツがウザくて、誰も来ない校舎裏のジメジメしたトコで、ぼーっと先輩のことを、ずっと考えていた。
「……あっ! やっぱりここにいた、西園寺くんっ」
(――ひとりになりたいときに限って、どうしてコイツは現れるんだ)
笑顔で近づいてくる喜多川に、思いっきり眉根を寄せてみせた。
「何だよ、相変わらずとぼけた顔してさ」
「あんまり、ひとりでいないほうがいいよ。この間みたく囲まれたら、対処出来ないんじゃないかい?」
三日前にひとりでいたところを、二年生の上級生にとっ捕まって、どこかに連れて行かれそうになったところを、間一髪のタイミングで、喜多川が助けてくれた。
「別に僕が、どこの誰にヤられようと、お前には関係ないだろ」
喜多川に顔をちょっとだけ背けながら言ってやると、力なく首を横に振る。
「西園寺くんがキズつくところを、俺は見たくないから。今だって、すっごく辛そうにしてるしさ」
かけているメガネを、無意味に弄りながら、窺うように僕を見た。
「あのさ俺、学級委員でしょ。プリント溜まってきたから、王領寺の家に放課後、届けようと思うんだ。そのついでに、居所を聞いてきてあげるよ」
「マジで!? 絶対に聞き出せよ。何か理由つけてさ、無理矢理に聞いて来い!」
「分かった。聞いてきてあげるから、俺のいうことも聞いてほしいな」
うっ、喜多川のクセに生意気な……
「何だよ?」
「校内では、ひとりでいないこと。いつでも俺が、駆けつけられるワケじゃないんだからね。お願いだよ」
念を押すように言われ、コクリと頷くしかない。僕の身体を心配して言ってくれてるのは分かっているんだけど、真剣に頼んでくる顔が正直、すっごく怖い――
「分かった。これから教室に戻る」
「じゃあ送ってあげるね、行こうか」
渋々了承した声を聞き、ニッコリ微笑む喜多川。そういえば――
「喜多川どうして僕が、ここにいるって分かったんだ?」
腕を組んで見上げると、メガネの奥にある瞳を細めて、
「西園寺くんは昔っから落ち込むと、暗くて狭いところに、隠れるのが好きだったから。校内でそういうところは、数えるくらいしかないからね」
「ふーん、把握されてたんだ。こわっ」
だからなかなか、ひとりきりになれないワケだ。でも改めて考えると僕は、喜多川が落ち込んだときに、どこにいるか分からない。知らないってことは、慰めることが出来ないじゃないか。
「あのさ、お前は落ちこんだとき、一体どこにいるんだ?」
僕の質問に一瞬ビクッとしてから、顎に手を当てて考え込む。
――そんなに難しいこと、言ってないのに……
「ほとんど西園寺くんが、隣にいるかも」
「は!? 何それ?」
喜多川のことを慰めた覚えは、全然ないぞ。
「う~ん。西園寺くんがいるだけで、勝手に解決しているからかも。可笑しいよね」
「なんだそりゃ。それってお前の悩みは大したことがないって、言ってるのと同じだぞ」
「そうかも。あはは……」
相変わらずとぼけた顔をし、大笑いする姿を見て、気がついてしまった。あんだけ落ち込んでいた気持ちが、喜多川の返答で、どこかにいってしまったこと。
「……これが、勝手に解決ってことなのか?」
それじゃあ僕の悩みも、大したことがないって示してるじゃないか、いかん!
「喜多川絶対に、先輩の居場所を聞いてこいよな。約束だぞ、僕はすっごく悩んでいるんだから!」
改めて念押しした僕を、仕方ないなぁという表情を浮かべ、じっと見下ろした喜多川。
念押ししたのが良かったのか、先輩が入院している病院が、この日のうちに分かったのに、呆気ない結末が待ち構えているなんて、このときは思いもしなかった。
『好きな人が出来た。だからお前とは付き合えない』
せっかく逢えた先輩の口から、信じられない言葉が告げられる。
『すっげぇ好きな人が出来たんだ。ソイツしか見えないし、心から大事にしたいって思ってる』
――その好きな人って、誰なんですか?――
そう言いたかった。
僕を捨てて、その人を選んだってことは、きっとすごい人なんだろう。だけど先輩の好きな人に、簡単に負けるわけにはいかないんだ!
『僕も先輩のこと同じくらい、大事に想っています』
『どんなに想われても、迷惑なだけだから。諦めてくれ』
――今、迷惑って言われた。
『……二番目じゃダメですか?』
ホントは一番がいいけど、傍にいられるのなら、それでもいいと思った。
『だけど、心は手に入らないんだぞ。一番近くにいても、一番遠くにいるんだ』
近いのに遠いって、全然意味が分からない。傍にいられるのなら、三番だってガマン出来るのに。
『話は済んだ。悪いけど疲れたから、出て行ってくれ。もう来なくていいから』
見たくないといわんばかりに顔を背けられ、ショックで瞳から涙がぽたぽたと零れ落ちた。
(どうして僕が、振られなきゃならないの?)
心はそればかりに、囚われてしまった――
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