26 / 36

Always With You:真実の恋⑥

***  週末、学期末テストに追われる僕のことを心配した喜多川が、勉強を教えてあげるよと言ってくれたので、超久しぶりにお宅にお邪魔した。 「いつ以来だっけ? 喜多川の部屋に入るのって」  受験勉強の邪魔しちゃ悪いと一応、気を遣ったりした。だけど僕の心配を他所に、余裕で大学を推薦で合格しちゃった、ツワモノなんだ。 「んーと……半年以上前かなぁ? あ、いつものところに座ってて。西園寺くんが来るって聞いて、母さんが張り切ってお菓子を作ったんだ。今、持ってくるから」  嬉しそうに微笑んで、ばたばたと足音を立てながら部屋を出て行った。 「……なんだかなぁ。いつも通りに戻っちゃった感じ」  音楽室での一件以来、喜多川は僕に手を出してこない。    首にキスマークをつけてしまったことで、周りから相当反感を買ったらしい。その微妙な空気を察したので、僕から喜多川に逢いに行くことがなくなった。勿論、喜多川も僕に逢いに来ない。  表面上は、距離を置いていた僕たちだったけど。  スマホの某アプリを使って、連絡を密に取り合っていた。密なんだけど、それは蜜に近いような、文面ばかりが展開され――  口にすると照れてしまうような文章を、喜多川がこれでもかと書いてくれるので、それがえらく嬉しくて堪らなかった。 「普段、そういうのを言わないから、衝撃が半端ないんだよね。喜多川ってば罪なヤツ!」  ぶつくさ言いながら用意してくれたテーブルに、教科書とノートを広げたとき、部屋に入ってくる喜多川。入ってきた瞬間、鼻がいい匂いを感知した。 「ちょっ、それってもしかして!」 「そう。西園寺くんが好きなシュークリーム。今日のは、生クリームとカスタードクリームのW攻撃だって」  喜多川のお母さんは僕が遊びに行くと、必ずお菓子を作って喜ばせてくれていた。  実の息子に振舞っても、美味しいのひとことしか言わない、リアクションが不満だそうで。(そこら辺、喜多川らしいと思うんだけど)  僕がグルメリポーターのように、いろいろ言うのが嬉しいのだそう。 「いいのか? ここで食べたら、お母さんが喜ばないんじゃ?」 「俺が正確に伝えるから、大丈夫だよ。それに……西園寺くんとふたりきりでいたいし」  押し付けるようにシュークリームを手渡しながら、すごいことを言った喜多川を、赤面して見つめるしか出来ない。 「ぁ、そう。ありがと……いただきます////」  妙にどぎまぎしてるから、味が分かるだろうか? 何だか照れくさいと思いつつ、シュークリームに口をつけた。 「西園寺くん、唇の右側の端っこに、生クリームがついちゃってるよ」 (緊張して口に突っ込んだから、付いてしまったんだろうな)  言われたところに、舌を伸ばしてみたけれど―― 「全然とれてないって。しょうがないな」  呆れ顔した喜多川が、テーブル越しに僕に顔を寄せ、その部分に唇を押し付けた。そして、舌でぺろりと掬い取る。 「ちょっ、なっ!? ////」 「普通、手で拭ったりするところを、どうしてそうやって誘うように、舌を使ったのかな。西園寺くん……」  拭ってくれたところに、喜多川の舌の感触がちょっとだけ残っていて、ドキドキしてしまった。 「え、あの……面倒くさくて、つい」 「そういう可愛いことされると、どうしていいか分からなくなる」 「うわっ、喜多川っ!?」  次の瞬間、目に飛び込んできたのは部屋の天井と、憂い帯びた目をした喜多川の顔―― 「シュークリームより、西園寺くんを食べたい」  ――突然、何を言い出すかと思ったらコイツ。 「少しだけ、かじってもいい?」 「かっ、かじる!?」  僕のどこを、かじるというんだ? 「西園寺くんを、味わわせてほしくて、いいでしょ?」  返事をする前に、塞がれてしまった唇。触れるだけのキスを何度かしたあと、この間したような、濃厚なキスに変わっていった。 「ンンッ…ぅ、あ――」 「すごく甘いね、美味しいよ圭」  一瞬だけ僕の瞳を見つめてから、耳元で囁いてくれる低くて艶っぽいその声は、ひどく心地よくて、ぼーっとしてしまうレベル。  どうしよう、言葉が出てこない。いきなりオス化した喜多川に、何も言えないなんて。  そして気がつけば、さりげなくシャツのボタンがてきぱきと、外されてしまっているとか! 「喜多川、あの……////」  下の階に、お母さんがいるんだよ。なのに、堂々とナニかをしようとしているのか? いきなり入ってきたら、どうするんだよ…… 「あのね、圭。聞いてほしくて」 「な、なに?」  少しだけ赤面した喜多川が、じっと僕を見つめてきた。 「圭の全部がほしい。今、直ぐに――」  その言葉に、否応なしに体温が上がり、心臓が滅茶苦茶に駆け出していく。 「いっ、今直ぐって、そんな」 「俺のキモチとしては、今直ぐなんだけどね。だけどゴメン、キモチと身体がついていってなくて」  形のいい眉毛が、あからさまにしょぼんとした様になり、酷く落ち込んでいるのが伝わってきた。 「喜多川?」  そっと声をかけると、かけていたメガネをゆっくりと外し、テーブルの上に置く。レンズ越しじゃない瞳は、ちょっとだけ涙目になっていた。 「どうしたんだよ、喜多川……」  逃げる視線を自分のほうに向かせるべく、両手で頬を包み込んでやる。押し倒されたのは自分なのに、今は僕のほうから喜多川を誘っているみたいだ。 「やっ、あの……圭に手を出したいのに、実際出してしまったら嫌われちゃうかもなんて、いろいろ考えちゃって……はじめてで、きごちないだろうし」 「そんなのお互い様だろ、何を言い出すのかと思ったら」 「でも……圭のイヤがることをするかもしれない。この白い肌に、キズつけるようなことをしちゃうかも。スキすぎて、手加減出来ないかもしれなくて」  言いながら首筋から胸元を人差し指で、ゆっくりとなぞっていく。 「んぁ……ああっ」  ぞくぞくした感触に、甘い声が自然と漏れた。 「気持ちイイの?」  恐るおそるといった感じで訊ねる喜多川に、笑顔を浮かべながら、こくりと頷く。 「喜多川のしてくれることだから……どんなことをされても、嫌ったりしないよ。だってスキなんだ、春臣」 「手加減出来なくて、滅茶苦茶にするかもしれないよ? それでもかまわない?」  頬に添えてる僕の手が、喜多川を引き寄せるみたいに、ぐっと顔を寄せてきた。長めの前髪が、額にふわりと触れる。それだけでも感じてしまうよ。 「大丈夫だから。思う存分、滅茶苦茶にしてみろよ」  いつも僕のことを気遣ってくれる喜多川だからこそ、このセリフなんだろうけど。もどかしさと同時に、大切にされてる想いが、ひしひしと伝わってきた。 「後悔しても知らないよ。止めないから……」  さっきまで浮かべていた不安げな表情が消え、口元に笑みを浮かべた喜多川が、僕の唇に噛み付くようなキスをし、肌に触れていた手が、いきなり下半身に伸ばされ―― 「!! ////」 「俺のキスで感じてくれたの? この間よりもお――」 「ちょっ、そんなこと、言うなよ。わざわざっ////」 「だって……嬉しくって。もっと感じさせてあげるね」  魅惑的に微笑み、僕のを掴んだ喜多川の手にぎゅっと力が入ったとき、階下から階段を上る音が、耳に聞こえてきた。 「き、喜多川……」  息を飲んで、見つめ合うこと数秒。  その後、慌てて起き上がってマッハで、シャツのボタンを留めにかかり、そんな僕の髪型を、喜多川が整えるように撫でてくれる。 「僕のことはいいから、お前離れろって。それと、前を何かで隠せよ!」  己を主張しまくっている、喜多川の下半身を指差した。  丈の長いシャツを着てる自分とは真逆の、喜多川の服装をずばりと指摘してやると、急いでテーブルの向かい側に移動し、両膝を抱えて体育座りをした。 「これで大丈夫?」 「いやいや。テーブルを前にして、その姿勢は可笑しいから絶対に……」  コンコンとノックの音が、部屋に響く。  うわぁと頭を抱え、キョロキョロして、隠せそうなブツを探した。目に留まったのは、ベッドの上にあったクッション! 「西園寺くん……」    困り果てた声を出した喜多川に体を反転させ、それを引っ掴み、ぽいっと放り投げた。 「はーいっ、どうぞ!」  僕が大きな声でノックをした相手に返事をすると、喜多川のお母さんが、そっと顔を覗かせた。 「お茶のお代わり、いかがかしら?」  妙に姿勢のいい僕らを眺めながら、ニッコリと微笑む。 「いやぁ、シュークリームが美味しすぎて、お茶にまだ、手をつけてないんですよぅ」  あたふたしつつ、シュークリームに手を伸ばし、ハムッと口に放り込む。 「西園寺くん、またクリームが口の端についたよ」 「いいじゃん、あとで取るから」 「この調子で食べてるからさ……お茶のお代わり、俺が淹れるから」 「そう、分かったわ。ゆっくりしていってね西園寺くん」  僕が美味しそうに食べてる様子を見て満足したのか、そそくさと出て行った喜多川のお母さん。階段を下りる音を最後まで聞いてから、ふたりしてテーブルに突っ伏してしまった。 「クッションありがと、西園寺くん」 「ビックリした……ハラハラしすぎて、シュークリームの味、全然分からなかった」  テーブルの上で視線を合わせたら、どちらともなくクスクスと笑いが零れる。 「西園寺くんには悪いけど、結構スリルを楽しんじゃった」 「何言ってんだよ、ホント。信じられない……」 「や、だってさ。西園寺くん手際よくテキパキしちゃって、俺の方がムダにあたふたしまくりで。どっちが年上か分からないなって思ったら、可笑しくって。だけど――」  ふっと真剣になった喜多川の表情に、どぎまぎして顔を上げたら突然、口の端をぺろりと舐められる。 「ぉわっ! ////」 「今度スルときは、俺がリードするから。いっぱい感じてね、圭」  散々感じさせられているというのに、堂々と宣言をした喜多川を、複雑な心境で見つめるしか出来なかった。  というか、今度っていつだろう――?

ともだちにシェアしよう!