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第4話

結備が顔をあげると、瞳をにじませた未知瑠が教壇の前に立っていた。 背筋を伸ばし、送辞を納めた封筒を差し出す結備。 未知瑠が優雅な所作でそれを受け取って一礼する。 顔を上げた未知瑠の頬に一筋の涙が伝った。 「未知瑠先輩、涙まで早漏なんですね」 「ああ、俺はどんなことでも、一番は譲りたくないんだ」 「先輩なら今すぐにでも立派な汁男優になれますよ」 「だろうね。でも目指してないよ」 「ふふふ。やっぱりご自分がぶっかけするよりも、中出しされる方が好きなのですね。本当にブレませんね」 クラスの約半数の生徒が、教壇の二人の会話にこの一年を思い返し、懐かしみながらうんうんと頷いた。 そっと抱擁を交わしたあと、自らの席に戻ろうとする未知瑠の背中を、友人たちが労うようにパン、パンと軽く叩く。 しかし、その空気感に混乱を深める生徒たちもいた。 次に結備が視線をやったのは、かなり大柄で凛々しい顔をした生徒だ。 決して目を合わせまいと横を向く、彼の名は御堂(みどう)幸四郎(こうしろう)といった。 御堂は剣道の全国大会出場するなどS特クラスでも特に文武両道に優れた生徒だ。 自分にも他人にも厳しく、近寄りがたい。 そんな御堂と結備の距離が縮まったのは九月初めのクラス対抗水泳大会だった。 初秋とはいえまだまだ暑く、プールの水面は強い日差しをキラキラと反射していた。 プールサイドのスタンドに座る生徒たちは、太陽に熱せられた黒髪にタオルをかぶり応援の声をあげる。 リレーを終えた御堂が、濡れた体そのままにスタンドに座った。その足の間に小さな体が落ちてくる。 肌に当たる黒髪が熱い。 「大丈夫か?」 ふらついた生徒は吐息交じりのか細い声で「すみません。大丈夫です」と眉をゆがめた。 御堂はその小さな体を軽々と抱え救護テントに運んだが、おそらく熱中症の初期症状だろうということで保健室のベッドに寝かせるため、そのまま校舎へ連れて行くこととなった。 次第に遠のく喧騒。 校舎に入れば空気まで変わる。 なれたはずの廊下も、薄い水着一枚で歩くだけでどこか異空間だった。 そして倒れた生徒というのはもちろん剛刀結備……。 今、教壇に立つ結備は涼やかな表情で御堂を見つめている。 そして彼の落ち着かぬ様子など御構い無しに、送辞を封筒から取り出し広げた。

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