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第2話
楽器をケースに仕舞って棚に戻した。グランドピアノがある平面。室内の半分は階段状のステージになっている。放課後になればここにパイプ椅子と譜面台を並べた。3年間毎日毎日。
俺の毎日が消えていく。高校生としての時間はもう僅かしか残っていない。
「楽しいことが消えちゃうのは悔しい」
本当はそんなこと言うつもりはなかったのに。このままグズグズした気持ちで家に帰りたくなかった。喬ともう少しだけ一緒にいたかった。さっきのは悪ふざけなのか聞きたかった。
「仕方がないさ。大人にならないとな」
「俺はなりたくない」
「そう?俺はなりたいよ」
ウジウジしている自分が大人気ない。大人になりたいなんて、俺には言えない。子供でいい、子供のままでいい。まだこの時間を手放したくない。
「俺は頑張って大人になる。一志 は修行してみんなの為になるものを作る人になるよ」
「‥…どうかな。不安ばっかりだ」
「大丈夫、一志ならできる。その人が必要としている最善の物を作るよ。絶対だ」
喬の絶対がどこにあるのかわからない。そんな漠然とした励ましなんていらない。
「東京に行ったら俺のことも吹奏楽のことも忘れるだろうな。きっと楽しいキャンパスライフが待っているよ。合コンやサークルで忙しくなるだろうね」
自分のひがみ根性が嫌になる。笑って最後を迎えるべきなのに。それがわかっているけれど、喬への気持ちを持て余していたし、最後まで余裕を見せる喬が憎らしかった。俺の先を常に歩き、このまま大人になってしまうのだろう。俺の気持ちは宙ブラリのまま消えてくれることをただひたすら待つ時間を過ごすだろう。
「遊びにいくわけじゃないよ。言っただろ、俺は大人になりたいんだ」
「さっさとなってしまえよ!俺は……まだここがいい」
滲み始めた涙は水滴になって瞼からこぼれた。悔しいのか、悲しいのか、腹立たしいのかよくわからない涙。ゴシゴシ手の甲で拭う。
「……帰るよ。鍵は喬が返しておいて」
喬が俺の腕を掴んだ。抱き込まれ喬の肩口に頬がつき目の前が濃紺に染まる。
「た……かし?」
「黙って」
混乱。何が起こっているのかわからず俺は固まっていた。どうしてこんなことになったのか、喬が何を考えているのか全然わからない!
叫びだしたくなる衝動を抑え、腕に力をこめてつっぱり喬の腕から逃れた。
「喬……なに……わかんない」
「大人になる」
喬は泣きそうな顔をしていた。両拳を握って何かを耐えるように唇を噛む。大人になるってなに?意味がわからないよ。もっとちゃんと言ってくれないと。
「帰る!」
逃げるように走り音楽室を出た。本当は喬に聞くべきなのに、どうしたの?って。でも俺は逃げた。大人になりたいという意味も、喬も、音楽室も、何もかも。振り返ればこの先頑張れないような気がした。霞んでいくだろう3年間のこと、秘めた想い、笑ったり泣いたりした自分。それに縛られることを恐れて俺は走り続けた。
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