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遠い喫煙室 1
「うぅ…行きたくない…」
一歩、また一歩と喫煙室に近づくにつれて、胃がキリキリと痛んできた。
どうか居ませんように……なんて矛盾することを思いながら廊下の角を曲がる。
(……あ、居た)
硝子で囲まれた喫煙室を覗くと、中には男の人が一人、煙草を吸っていた。
(連れ戻さなきゃ…)
そう思うが、部屋の隅を睨むようにしてたたずんでいる彼を見ると、声をかけるのを躊躇してしまう。
(やっぱり怖い…!)
彼の名前は望月誠(もちづきまこと)。
社長の息子だ。
僕より8つも年下で…今年でちょうど20歳らしい。
なんでも暴力事件を起こして高校を中退、その後は何をすることもなくフラフラしていたところを見かねた社長がバイトとして雇い、この部署に配属したらしい。
入社当日は相当酷かったようだ。
終始イライラしっぱなしで、ロクに喋りもしない。
そして部長も課長も全員腫れ物に触るような態度だった…らしい。
――らしい、というのは全部、人から聞いた話だから。
その時僕は出張に行っていて、帰った時には既に彼の教育係となっていた。
不良で、暴力事件を起こしていて、社長の息子。
そんな問題児の教育係をやりたい!なんて物好きは当然ながら一人もおらず、「あいつならまぁ断らないだろ」……という適当な理由で押し付けられたのだ。
でも…。
(僕だってやりたくないよ!!)
それから1週間、彼は隙を見ては抜け出し、この喫煙室に籠っている。
連れ戻そうとすると物凄く不機嫌になるから、怖くて毎回泣く寸前だ。
「こいつを更正させてやってくれ」という社長の頼みに、ハイハイと二つ返事で引き受けた部長を心の底から恨みたい。
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