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一難去って

デスクに戻ると、上司が鬼の形相でツカツカと近寄って来た。 (……嫌な予感がする) これは絶対に怒られるパターンだ。 何だろう、15分も空けてたからかな? それともーー 「おい平井ぃ!この資料、3時までに纏めとけって言ったよな!?」 「は、はい…」 上司は怒鳴りながら僕のデスクに山積みになっていた資料をバンバンと叩く。 「何で終わってないんだよ!!」 「すみません!」 「使えない奴だな!会議は4時からだぞ!どうするんだよ!」 「すみません!!」 「雑用もロクに出来ないのかお前は!!」 「すみませんっ!!」 望月くん探しに行ってたんだよ!とか、ギリギリに渡してきたのはそっちだろ!?とか、言いたいことは沢山あったが、言い返す度胸も無い僕は謝ることしか出来ず、ペコペコと頭を下げ続けた。 ―――ガンッ!! 「ひっ!?」 急に大きな音がして慌てて振り向くと、望月くんがおもいっきり机を蹴ったようだった。 (え、な、なに!?…めちゃくちゃ怒ってる!?っていうか机の扉ヘコんで――) 「オイ、オッサン」 「!?」 (ちょ、上司におっさんはダメだろ望月くん!?) 「さっきからウゼェんだよ!時間ねーんだろ?ならグダグダ喋ってねーでお前も手伝え」 「なっ…」 (上司にお前もダメだ望月くん!!) 「大体ギリギリに渡してきたのそっちじゃねーか。あと止めるだけなんだからさっさとしろよ!……お前らも見てねーで手伝え!」 望月くんの一喝で遠巻きに見ていた同僚達が慌てて僕のデスクから資料を取っていく。 山盛りの資料はあっという間に3分の1ほどになった。 これなら残り一時間もあれば十分だ。 「え…っと…」 あっという間の出来事にぽかんとしながら望月くんを見下ろす。 (もしかして…助けてくれた…?) 「何だよ」 「あの…」 「ボーッと突っ立ってねーでさっさと手動かせ!」 そう言って望月くんは僕にホッチキスをぶん投げてくる。 「いたっ!?」 上手く受受け取ることが出来無かったそれは、ガツッと胸に当たって床に落ちた。 (い、痛い…投げることないだろ!?) ズキリと痛む胸を押さえ、流石に一言言ってやろうと彼の顔を見た僕は、そのまま固まってしまった。 「ははっ、どんくせーヤツだな」 「……」 可笑しそうに笑った望月くんは、固まったままの僕の代わりに床に落ちたホッチキスを拾い、「ん」と差し出してくる。 でも、正直ホッチキスどころじゃない。 だって、だってあの望月くんが。 今までずっと、仏頂面か苛ついた顔しかしてなかった彼が。 (わ、笑ったぁぁ!?) 笑顔なんて、初めて見た。 「?……何だよ」 「いやっ…!あ、ありがとう…」 不審な顔でそう言われ、慌ててホッチキスを受け取った。 (あぁ……もっと笑った顔見たかったのに) 「だから手ぇ動かせっての」 「はいっ!?」 次にこちらに向けた彼の顔は、いつもと同じ不機嫌そうな顔だった。 …残念ながらあれは幻覚だったのかもしれない。

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