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引越し

こうして俺はアルの世話係兼マネージャーになった。とりあえずは世話係として仕事をして、マネージャーの方はしばらく星野さんと二人でしながら仕事を覚えていくみたいだ。 「それにしても突然のことだったし色々大変だったんじゃない?前の職場とか…」 「…まぁ、そうですね、結構大変でした。」 その時のことを思い出して苦笑いして見せると『だよね』と星野さんも苦笑いした。 カメリア芸能事務所で働くことが決まった日、俺は勤めていた会社に退職届を提出した。突然の退職だったしタイミングが微妙だったこともあって正直色々あったけれどなんとか辞めることができた。 上司には怒られ慣れてる方だったけど、思い出すと未だに頭の中で上司の声がガンガン反響してるような気がする… 同僚たちからは仕事が増えることで嫌な顔はされたけど関わりも薄かったのでそれ以外は特に何もなかった。 「すいません、これはどちらに…?」 「あ、えっと寝室に運んでください、ベッドの横あたりでお願いします。」 そして今は引越しの最中だった。俺は今日からアルと生活することになる。 ちらっとリビングを覗くと知らない人が多くて居心地が悪いのか、不機嫌そうな顔でソファに座るアルが見えた。 五年前に思っていた形とは相当違うけれどとりあえずは銀と一緒に暮らすことになったわけだ… 空港で大きな声で「愛しとるで〜」なんて言いながら手を振っていた銀の姿が思い出されて鼻の奥がツンとした。 いけない…今は引越しの最中だ… 思わず滲みかけた涙を引っ込めて引越しの作業を続ける。すると星野さんが再度口を開いた。 「杉田さん…その…『世話係』のこと…なんか思ってたより面倒なことになっちゃってごめんね?社長…その辺なんていうか…良くも悪くもずる賢い人だから…」 「あ、いいんです、どちらにしろその…アルとそういう関係にはなったと思いますし……当然といえば当然のことなので…」 星野さんが言っているのは俺の世話係としての『雇われ方』についてだった。 社長は俺を雇う時『アルの世話係』とは言ったけれども一度もその『世話』の内容については言及しなかった。アルが不特定多数と肉体関係を持つのは良くない、とも、俺がそういう面においてアルに気に入られてると言うことも話したけれどその話しを俺の業務内容と結びつけたことは一度もなかった。 つまり暗にアルのえっちの相手も『世話』に含まれるけども、それを公に『仕事』としてさせるのは社会的に色々と面倒に発展する可能性があるのであくまで『俺が』『個人的な付き合い』でアルと関係を持つことにしてくれということだ。今後それで面倒が起きても会社側はしらばっくれるからそのつもりでよろしくってことなんだろう。 悪く言えば星野さんの云う通りずるい言い方だけど、そういうことが起きるリスクを背負いたくなくて人員を割いてなかった『会社』と、なんとかしてアルの…銀のそばにいたい『俺』は利害が一致している。そんな言い方をしても俺が断らないのをわかっているから社長は言ったんだ。流石あの若さであんなに大きな会社を経営するだけのことはある。きっとそうでなきゃこういう業界ではやっていけないのだろう。 とにかく俺がこれからアルと同居するのも、今後アルと関係を持つのもそれは俺とアルの意思でなされたこと、という事になる。

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